七
お糸が中庭で洗濯していると、またそこに平助がやってきた。今日は特になにを言うでもなく、勝手に手伝いを始める。
「いいの、お店のほうは」
「ええ、しばらくお客さんが見えないんで、他を手伝ってくるといってまいりました」
ふたりとも黙々と洗いものを物干ししていたが、しばらくしてお糸は左右に目をやって誰もいないことを見てとると、声をひそめて、
「この家はね、きっと呪われてるんだよ。長男の一朗太様はしばらくまえから――え? 三月くらいかな――だんだんと顔色が悪くなって、どんどんと体が衰えなさってる。ひと月まえにはとうとう、離れで寝たきりになってしまわれて。それまでは離れには三良様がひとりで住んでいて、その三良様も本調子ではなかったんだけど、それでも一朗太様のほうがよほど具合が悪いということで、入れ替わるように三良様は母屋に移ったのよ。二郎次様はおかわりないけど、三良さんも一時はお昼はなんだかぼうっとして、青い顔してげっそりとやつれていたの。聞いた話だけど、お客様や店のひとから話しかけられても返事をしなかったり、ならばといって奥で帳簿をやっても間違いばかりだったり。まあ、大事な仕事をしているお二人がそんなだから、だから人手が足らなくて、あわてて雇ったのが読み書き算盤もできない丁稚見習い、ってわけ」
お糸は意地悪く言ったが、冗談のつもりなのだろう、顔は笑っていた。平助も笑い返した。
それからまじめな顔つきになり、庭の奥に目をやった。
「あそこにお稲荷様の祠があるんだ。いまは木の枝は伸びるわ草はぼうぼうだわでよく見えないけどね。だれも開け閉めもしないから、開けっ放しで石のお狐様もむきだしさ。ほら、庭裏のもっと陽のさすところに新しく神様を祀ったからって、ほったらかしなのさ。雨風にさらされちまってまあ気の毒に。お狐様を大事にしないから、罰が当たるんだからね」
「よしてくださいよ、あたしはそういうの、弱いんだ」
平助はほんとうにちょっと青ざめている。
「大のおとなが、やだ、みっともないね」
お糸はくつくつと笑って、「でもさ、あたし見たんだよ、お正月の晩に。あの祠のなかのお狐様が涙を流しているのさ」と続けた。
「よよ、よしてくれい……ですよ。で、でも、でもですよ、そんな、お正月ってことは新月でしょう、夜に祠のなかが見えるわけないでしょうよ」
「え……だからさ、なんだか闇のなかにぼうっと浮かびあがってたんだよ。あれがきっと、狐火ってやつだね」
「うう、そういう怖い話はよしとくれと言ってるじゃないですか」
「なんだい、あんたが聞いたんじゃないか」
「あたしはただ、不思議に思っただけで……。それにしても、そんなにお狐様が気の毒なら、お糸さん、あんたが面倒を見てやったらいいじゃありませんか。掃除したり、扉を開け閉めしたり、お供えしたり」
「いやだよ、へたにかかずりあって、あたしが呪われちまったら怖いじゃないの」
「うひい、そんなことあるのかな、怖いな。しかしお糸さん、あんたも怖がるってことがわかって、ちょっと安心したよ」
「あたしだって、怖いから言ってるんじゃないの」




