六
千吉は筆頭手代だから個室をもらっていた。といっても三畳ほどのそれほど広くもない部屋であるが。
摺り足でやってきて、あたりをうかがってから襖をすこし開け、そっと身を滑り込ませたのは見習い丁稚の平助だった。
座敷のなかでは、てきぱきと手慣れた様子で狭い部屋のなかを探索している。
座敷には布団、いくつかの着替えのほか、一尺二尺五寸ばかりの葛籠があった。開けてみると、なかは仕切りで小さく区切ってあり、それぞれに小物のついた紐が数本ないし数十本づつ入っていた。小物は動物や植物、人間や、あるいはなんだかよくわからないものをかたどったものだ。
「根付ばっかりこんなに集めてどうするんだ。べつにそんなに価値のあるようにも見えねえが」
平助は眉をひそめた。
店のおもてで、千吉は深々と頭をさげて得意客を見送った。「またのお越しをお待ちしております」
客がじゅうぶん離れたところでへばりついていた笑い顔が落ち、険しい顔つきになった。
その代わりのように、にやにやと笑みを浮かべながら、新入りの丁稚がやってきた。名前は聞いたはずだが、忘れてしまった。
「平助でございます」
心を読まれたようですこし気味が悪かった。
「千吉さんに、接客など勉強さしていただこうかと思いまして」
「おまえ、入ったばかりで、まだ丁稚だろう。接客なんぞ、すこし早いんじゃないかね」
「見てるだけで結構なんでございます、勉強ですから」
「ふん、勝手にすりゃあいいが、もし商売の邪魔をしたら叩きだすからね、いいね」
それから千吉はがらりと満面の笑顔になると、
「ああ、これは相模屋さんの。いらっしゃいまし」
と訪ねてきたいかにも大店の妻女といった一行にすり寄っていった。平助も一歩うしろでぺこぺこと頭をさげた。
「本日はなにをご覧になりましょうか」
相模屋の新造とお付きのものたちを送りだしたあとで、千吉は、
「やれやれ、朝から立ちづめで少々くたびれた。休憩するとしよう。平助、茶を頼む」と店表の奥まったところに置いてある衝立の陰に腰をおろした。
平助は火鉢から鉄瓶をおろし、急須にそそぎ、それから茶を淹れた。
「ほう、だいぶ手慣れているね」
接客中に、てきぱきとよく気のつく立ち働きぶりで、千吉はこの見習い丁稚を見直したところだった。
「いえ、見よう見まねで」
ひと口ふたくち、暖まったところに平助が声をかけてきた。
「千吉さんも、そろそろ番頭さんにおなりではないですか」
じろりと平助を見る。
「いや、九造さんがいるからね」
「九造さんは筆頭番頭ということで、二番番頭とか、ないんですかね」
「さあ、それは旦那様の決めることだ。この店では、いままではそれはないようだがね」
「九造さんは暖簾分けで独立するおつもりはないんですかね」
「はは、平助は来たばかりでわからんかもしれんが、暖簾分けができるのは二郎次様くらいだろう。三良様でも資金が及ぶまい。息子でも無理となると、ということは店のものとはいえしょせんは赤の他人の番頭が出資などしてもらえる是非もないな」
「はあ、そうですか」
平助がなんとなくがっかりした様子なのがおかしくて、千吉は笑った。
「しかし番頭さんは、だいぶ貯めこんでいるようだから、自力でお店を持とうとしているのかもしれないよ」
「ははあ、そうですか。手代さんも、自分でお店を持とうと考えておいでですかィ」
「わたしはそんなたいへんなことよりも、こうしてお店にご奉公している方が気楽でいいね」
「そうですか……。番頭さんが独立したら、千吉さんはじゃあ番頭におなりになって、それで満足でございますか」
「おまえ、なんでそんなことを訊くんだい」
手代は根掘り葉掘りしてくる見習い丁稚を不審な目で見た。
「いや、それは、つまり、へへ……こんなことを言うのもなんですが、あたくしだってその、自分の将来のことが気になるじゃあございませんか。入ったばかりで少々おこがましいですが、参考に、うかがっているのでございます」
「ほう、おまえは自分の店を持とうとか考えているのか。それはずいぶんな野心家だな」
千吉は表情をやわらげた。
「へへ……はは、夢は大きく持ったほうが楽しゅうございますから」
「うん、そうだな、だが九造さんを見ていると番頭もいろいろとたいへんそうだ。わたしは手代のままでいいかな。番頭には音吉あたりがなればいいだろう。まあ、それも旦那様次第だろうがね」
「さようでございますか。千吉さんは欲がないんでございますねえ」
「面倒なことがきらいなだけだよ。やれやれ、ずいぶんとおしゃべりをしてしまった。そろそろ仕事に戻ろうか」
と、千吉は立ちあがった。




