八
店表で平助が千吉に声をかけた。
「手代さん、今日は手伝えることはございますか」
「平助か。うむ、そうだな、ならば今日は柄の勉強をなさい」
と立ちあがる。千吉のあとをついていくと、帳場のうしろから冊子を取りだして、平助に手渡した。めくってみると一枚あたりふた切れ、布の切片が貼りつけてあり、その横に名前、値段と簡単な特徴が書いてある。
「あの、手代さん、あたくし、字が読めないのでして……」
千吉は顔をしかめた。
「ああ、そうだったね。おまえがよく働くから忘れていた。しかし文字を習うにしても帳面で習うわけにもいかぬ、みな忙しいから誰か人をつけるわけにもいかぬ、寺子屋に通わすなどもってのほか。やっかいだな」
平助が昨日稼いだ点数は帳消しになってしまったようだ。
「ならばついて来なさい」
千吉は反物の柄見本を手にさげて、店表に戻った。
「お客様の合間に、わたしが教えてあげる」
「おそれいります」
客あしらいは昨日のとおりふたりでおこない、その合間を縫って柄見本の冊子をひろげ、千吉がそれを読みあげた。「わたしが読むから覚えるんだよ」
一日の仕事が終わったときには、平助も、それから千吉もぐったりと疲れているようだった。
平助は白い紙に書きつけたものを平助に渡した。
「なによりまず数字は覚えてもらわなくては困る。上から順番に一から十まで書いていったから、ひとりでわかるだろう――」
と、平助をじろりと見ると、「数は数えられるんだろうね」
「はい、数のほうはなんとか」
平助は書き付けを千吉から下賜品のようにうやうやしく受け取った。
ああまただ、とお糸は思った。
通りかかった油売りを裏木戸を出て呼びとめたところだった。
路地の目立たないところで、平助が坊主頭の小太りの町人と立ち話をしている。昨日も、いやそれどころかついさっきも煙草売りと話しているとき、同じ男と話しているのを見かけた。
待てよ、こうして思いだしてみると、魚屋が来たときも、野菜売りから買ってたときも平助とあの坊主頭を見たような気がする。
どうやら日に何度も、駄話をして怠けているのだ。
お糸は顔をしかめた。




