五
暗い帳場に、提灯をさげた九造がやってきた。文机の周りをざっと照らし、懐から鍵を取りだすと抽斗の鍵穴にいれる。抽斗を開けなかを照らす。帳面を何冊か取りだして床に並べる。心配顔だったのがぱっと明るくなり、一冊を取りあげる。夕刻、平助が見ていた一冊だった。
「やれやれ、こんなところにまぎれていたのか」
ほっとした顔でそれを懐にしまうと、他の帳簿を元に戻し、来たときと同様、足早に去っていった。
庭の暗がり、寂れて朽ちた祠の陰にて、ひそめた声が話していた。
「あの新入りと、なんの話をしていたんだい」
若い男の声が言った。
「やぁだ、見てたの」
こたえたのはお糸の声だ。
「ずいぶんと仲がよさそうだったじゃないか」
「うふふ、若旦那、妬いてくださるの」
「若旦那はやめとくれと言ってるだろう、若旦那というと一朗太兄さんのことだ」
「はいはい、三良さん。あの丁稚は、入ったばかりで他に誰にも相手にされないから、あたしのとこに寄ってきたんだよ。あんまりしつこいから、ちょっとだけ話をしてやったのさ」
「だからなんの話だい」
「ふふ、三良さんが妬くような話じゃないのよ。来たばっかりだから、一朗太さん、二郎次さん、それからあんたのこと、番頭さんや手代の千吉のこと、どんな人かってね」
「そんなんじゃないやい。でも、お糸はわたしの妻になるのだから、使用人ごときがあまりなれなれしく話しかけては困るな。わたしからあの丁稚見習いに言っておこうか」
「そんな、三良さんとのこと、周りに知られちゃう。言わなくていいわ」
「べつに知られたっていいじゃないか。わたしは構わないよ。お糸はいやなのかい」
「だって三良さん、こないだ明けてまだ十七でしょう。お兄さんおふたりもまだ嫁をとってないのに、なに言われるかわかったもんじゃないわ」
「別にいいじゃないか、周りがなにを言おうと」
三良は不満気味の声だ。
「若旦那はそういうところがまだ子供なのよ。大人はもっと、世間体ってものを気にするのよ」
「若旦那はやめとくれ。お糸だってまだ十八じゃないか。ひとつしかかわらない」
「女はね、男よりもずっと早く大人になるのよ。でもうれしい、三良さん、わたしをお嫁にもらってくれるの。家柄もない、年上の女を」
「お武家じゃあるまいし、家柄なんて。だいたいわたしは三男だから、たとえうちがお武家でも関係ないさ。それにいま言ったように年だってたったひとつきゃ違わないじゃないか。金の草鞋だ」
「うれしい、若旦那」
「若旦那はやめとくれ」
少しのあいだ衣擦れの音などがしたのち、「ああ、そろそろ戻らなくちゃ」「まだいいじゃないか」「だめ」と声がして、お糸は母屋に戻った。三良もとぼとぼとそれに従った。
祠は稲荷様だったが、扉はもう長いこと開け放しのようだった。




