四
帳場でそろばんをはじいているところへ、新入りの丁稚がやってきた。
「番頭さん、なにかお手伝いできることはありませんか」
「だからそのへんで、下男下女の手伝いでもしているように言ったじゃないか」
九造は不機嫌に言った。
「はい、お女中の洗濯など手伝いましたところで、それも終わったものですから」
「それは見ていたよ。おまえ、ずいぶんと女中に話しかけていたじゃないか。手伝うのはいいが、無駄口を叩くのは困りますね。そのぶん仕事が遅れたら、ふたり分の給金が無駄になるということだからね」
「はあ、こいつはどうも、あいすみません」
「算盤どころか読み書きもできないんじゃあ、帳簿の手伝いもできないからねえ」
九造は嘆息した。
「すみません、ここで習えると旦那様には言われたんで、教えていただければ」
「あいにくそんな暇のあるものはここにはひとりもいないんだ。まったく、旦那様もなにを考えておいでなんだか、だれもかれも忙しいから人を増やしてくれるよう頼んだのに、こんなんじゃあ却って仕事を増やすようなもんだ」
「あたくしも本当は人夫として雇ってもらおうと口入れ屋さんに相談にいったんですが、そんときちょうどこちらの旦那様がいらして、丁稚としてなら雇ってやるという話になりまして」
「旦那様の気まぐれにも困ったものだ」
「気まぐれというか、ちょうど丁稚のなり手が見つからなかったようなんで、こういうことにあいなったようなわけでして」
「まあそんなことはいい、人夫になりたかったのなら、若衆の手伝いでもやりなさい。まったく、こうしておまえと話すのも時間のむだ、お給金のむだだ」
「読み書き算盤は、だれに教えてもらえばいいでしょう」
「さっきから言ってるように、そんな暇なものはいないよ。だいたいなんでお給金を払ったうえにおまえに寺子屋をしてやらなけりゃならないんだ」
「はあ、じゃあそこらへん、ひと回りしてみます」
平助はひとつ頭をさげると立ちあがった。
平助はそのあと再び庭に出て、人目につかない祠の陰に行きあたりを見回しながら懐から二冊の帳簿を取りだした。両方を同時に開き、見比べながら手早くめくっていく。
お糸は裏木戸から路地に出て、あたりを見回した。桶を手に持っている。
「豆腐……」
ちょうどそこへ、天秤桶をかついだ物売りがやってきた。
「お豆腐屋さん」
お糸が物売りにかけよる。豆腐売りは天秤からお糸の桶に豆腐を移し、お糸は小銭を懐紙に包んで手渡した。去っていく豆腐屋をなんとなく見送っていたお糸の眉がふと不審にひそめられた。




