三
昼間、庭でお糸が洗濯をしていると、平助がやってきた。
「お糸さん、なにか手伝わしてくださいまし」
「平助さん、あなた丁稚でしょう。そっちのお仕事はいいの?」
「へえ、……あ、いや、それが、どの丁稚も手代さんも、いろいろ忙しくて、あっし……あたくしに仕事を教えている暇がないんだそうでございます。そこらへんで手伝えそうな下男や女中の手伝いでもしてろと言われまして。怠けているわけにも参りません――馘首になってしまっては困りますから――しっかり働きたいのでございます」
ならば、とお糸はまず手を洗うよう言い、それから洗濯ものをしぼらせ、干させた。
「男のひとの力があると助かるけど、しぼりすぎないように気をつけておくれね、傷めちまうから」
「ところで一朗太さんてのはどんなお方でしょうか」
お糸が不審な顔をあげると、「いえ、旦那様にひと通りは面通しはしてもらったんですが、ご長子だけは会ってなくて」
「ああ、だから今朝言ったようにお病気で、このところずっと離れから出てこないわよ」
「どんなお方でしょうか」平助は繰り返した。
「どんなと言われても……お優しい方よ。将来このお店をお継ぎになるにふさわしいと思う」
「ははあ……。弟の二郎次様はどうです」
話しながらも、平助はお糸の渡す洗濯物をしぼり、竿に干していく。
「どうと言われても……お優しい方よ。そのうち暖簾分けされて、独立なさるにふさわしいと思うわ」
「ほう。ではさらにそのしたの三良さんはどうでしょう」
「三良さんは、まだお若いけれど、お優しい方よ。暖簾分けしてもらったとしても、立派にやっていかれると思う」
「番頭さんはどうです。九造さんといいましたが」
「あのひとは……」
お糸は顔をしかめた。
「ははあ……あたくしの見たところでも、ちいと意気地の悪いところがあるんですかねえ」
干すものもなくなると、平助は盥を持ってきてお糸と並んで洗濯まではじめたのだった。
「なにも言ってないわよ。あんたも気をつけなさい、そんなことやってるの見られたらなんて言われるか。あたしなんかちょっと用を足しにいっただけなのに、しばらく姿が見えなかった、なにやってた、なんて大騒ぎ。なにしろ口癖が『お給金のほかにおまんままで食べて、せめてお給金ぶんくらいはしっかり働いてもらわないと』なんですからね。まったく、あんたこそ人を見張ってる暇があるんじゃないの、って言いたいわ」
「ははは。あたくしも、気をつけることにいたしましょう」
「もう四十近いんだから、独立して自分で店を持てばいいのに。いつまでも番頭でくすぶってるなんて、ひょっとして一から自分で店をやるより手っ取り早いことをもくろんでるんじゃないかしら」
お糸はぶつぶつと言った。
「そうなんでございますか」
平助が訊くと、
「え、いや、なんにも言ってないわよ」
とあわてて取り繕う。
「そうですか。では、手代の千吉さんというのはどんな方です」
話しながら平助は、自分の洗ったものとお糸のとをしぼって並べ、それから一枚いちまい干していく。
「あのひとは何を考えてるのかよくわからない。でも九造さんを早く追いだしたいんじゃないかな。もう四十近いんだからさっさと独立すればいいのに、って。そうすれば千吉さんだって番頭にあがれるでしょうにから」
考え考え話しているうちにだんだんと声が小さくなっていき、
「番頭になるだけじゃなくて、お店そのものが欲しいんじゃないかな」
と言った声はほとんどひとりごとのようだった。
「そうなんでございますか」
「え、いや、なんにも言ってないわよ」
「いやいろいろ教えてもらってありがとう。他のひとについても、またこんど教えておくれなさい」
「あらあたし、そんな告げ口みたいなつもりで話したんじゃないわ」
「それはもちろん。あたくしが勝手に聞いたことですから。しかしこのお店から二軒も暖簾分けとは、繁盛してるんですねえ」
お糸はなんのことかわからない、という顔をした。
「二郎次さんと三良さんの暖簾分けの話をしていたじゃあありませんか。店なんて、小さなのを一軒だすだけでもたいへんでしょうに、二軒ともなると、いったいいくらかかることになるやら……。そうとう儲かっていないと、なかなか、ねぇ」
「いえ、あたし、そんなこと……お金のことなんかわからないわ。もしもそうなるんだったら、っていう話をしただけ。……でも二郎次様はほんとは、暖簾分けなんかじゃなく、このお店が欲しいじゃないかしら」
しまいのほうはまたほとんど聞き取れないほどの小声だった。しかしこれは二郎次が言っていたことと合致し、平助はお糸の観察眼に舌を巻いた。
それから律儀に洗濯の物干しの終わりまでつきあうと、平助は「じゃあ」と言って家屋にあがっていった。




