六
「ずいぶんもったいぶったもんじゃないかえ」
色吉が口を出すと、
「だって相手はあの馬道のなんとかいう親分ですぜ。そこいらの町人がいじめられてたとして、色吉親分だってすぐに助けてやりやすかい」
「む……。まあそう言われれば……」
「太助親分だって、ほんとは係わりになりたくなかったんでやすが、見るに見かねて」
「うむむ。で、続きは……?」
止めにはいったのを太助と見て、馬道の武佐蔵が目をむいた。
「てめえは色吉んとこの若いのじゃねえか」
「やれやれ、またあんたか」
「こっちのセリフだ!」
「おいらは色吉の子分でもなけりゃ、そう若くもねえですよ」
「細けえこたあいい、なんの用でい」
「どうやらそのご新造、娘さんとともに家を追んだされたようだが、なぜそんなことなさるんで」
「とぼけやがって、そこまで聞いてたなら聞こえたろうが、長屋は取り壊して旅籠にするのよ。土地は伊岡屋さんが買いあげた。もとからの長屋の住民には見舞金まで出して至れり尽くせり、そのアマは家賃を溜めこんでたから相殺された、そのかわり溜めこんだ家賃も返さなくていいんだから、文句なんぞ言えた筋じゃあねえのに、ごたごたとごねやがるから、こいつは少しは痛めつけねえと、世間様に示しがつかねえってもんだろうが」
「そうなのかい」
太助はご新造を振り返った。武佐蔵が話しているあいだに、卒太は子供を助け起こし、太助は女を振りほどいてかばってやっていた。
「え、ええ……」
女は目を伏せた。
「そら見やがれ、俺が正しいとわかったらとっととどきやがれ。これに懲りて以後俺に逆らおうなんて考えるんじゃあねえぜ」
武佐蔵は太助を押しのけるようにしてお常を再び捕まえ、縛ろうとする。
「イタタ……」
「馬道の親分、あまり手荒にしなさんな。そもそも何の咎でそのご新造さんをくくろう、ってえんです?」
「おめえも聞いてやがったろう、俺にひつこく食いさがった咎だよ」
「そんな滅法な」
「そうだよ、だいたいからして、今日やってきて今日出ていけだなんて滅法もいいとこだ」
さっきのおちかが横から言った。
「なに、そうなのか」
「あたしらは立退料をもらったからしばらく宿でも取れようけど、お常ちゃんたちにはそれすりゃなけりゃ、今晩どこに泊まれってんだ、この寒空のした野宿かい」
「ケッ、火事で焼け出されたとでも思って、お助け寺にでもいきゃいいだろう」
「イタタタタ……親分さん、どうか乱暴は……」
「馬道の親分、そうとわかりゃあ事情がちいと変わってくるぜ。聞けば長屋を追いだされるのはしかたねえかもしれねえ。だが縛られることまではねえだろう。おいらがようく言い聞かせるから、そのご新造さんはおいらに預からしてくんねえ」
「へ、だめだだめだ、手柄ァ横取りしようたって駄目の皮だぜ」
「そんなつもりはねえんでさ、気の毒な事情があるんだから、縛ることはないだろうってことなんで、おいらの手柄にするつもりなんざ微塵もねえんで」
「こいつを無罪放免にするつもりか、ならますますだめだだめだ。この馬道の武佐蔵親分にたてついたやつを野放しにするわけにゃいかねえ。なめられっぱなしにゃあしねえ」
「長屋をおんだされて困りきってのことだ、勘弁してやんなせえ」
「なにい。てめえ俺に指図するつもりか。あまりひつけえとてめえもふん縛るぞこら」
言いながら武佐蔵はお常を縛りあげている。
「あイッ、イタた、親分……さん……」
めきり、と嫌な音がして、お常が地べたに転がった。失神したようだ。
「おかあちゃん」
「お常ちゃん」
子供とおちかが駆け寄るのを、武佐蔵はまたしても足蹴にした。
「おい親分、女子供にやめなせえ。それにご新造さん、気絶してるじゃあねえか」
「けっ、気ぃ失ったふりをすりゃ見逃してもらえると思うなよこのアマ」
武佐蔵はお常の腕をつかんで引き起こそうとした。
「おい――」
「やめんか」




