五
小料理屋桐里では、色吉と根吉と卒太が車座で呑んでいた。もっとも色吉はいつものごとく酒にはおざなりに口をつけるだけで、ときどきつまみを口に運ぶ程度だった。
「ふた月み月……いや、もっと前かな、過ごしいい時季を過ぎてそろそろ寒くなろうってころのことでさ」
卒太が湯呑みを開けながら話している。もちろん中身は酒だ。
「親分とあっしが馬喰町のあたりを通りかかったとき、あの馬道のなんとかいう親分がなにやらもめてやがって」
往来で、小さな女の子を連れたご新造のまえに、馬道の武佐蔵が仁王立ちに立っていた。
「親分だって、あの馬道のなんとかいう親分のことは苦手なんで、そのまま通り過ぎようとしたんですがね」
しかし女の困窮しきったような声に、太助は足をとめた。
「お願いでございます、どうかせめて、つぎの間借りが見つかるまで、待っていただけないでしょうか」
子連れのご新造が武佐蔵に必死で頭をさげる。女の子の頭を押さえてさげさせるが、子供は怯えてしまっているらしく、母親のうしろに隠れようとしていた。
「そんなこた、俺に言うんじゃあねえ。とにかくおまえらが居座っるたおかげで伊岡屋さんとこがお困りなんでえ、とっとと消えな」
「でも、どこに行ったらいいんですか」
「そんなこた、俺に訊くんじゃあねえ。てめえで探しな」
女の少しうしろにいた、中年のご新造が、
「お常ちゃんは立退料ももらってないんだ。追いだすってんなら、立退料くらい払いなよ」と言った。
「おめえは誰だ」
顔をほとんどくっつけんばかりにして武佐蔵が訊く。
「あ、あたしは、お常ちゃんのとなりだったちかってもんだ」
「ほう、おちかさんかい。フーン……だがあんた、伊岡屋さんからたんまり立ち退き見舞金を受けとったみてえじゃねえか。ここに書いてあるぜ」
武佐蔵は持っていた帳面を繰り、そう言った。
「あたしのことはいいんだ、お常ちゃんが――」
「だがなあ、お常は家賃を半年も溜めてた、っていうじゃねえか。そのぶんを見舞金と棒引きにしてやるってんだから、伊岡屋さんが責められる筋合いはねえってもんだろう」
「だけど――」
「ええ、うるせえ。あんまりひつっこいとおめえら全員しょっぴくぞ。いいから散れ散れ散りやがれ」
「そんな無体な……」
お常が思わず、といった調子でつぶやいた。武佐蔵が目をむく。
「ひつっこいとしょっぴくと言ったはずだぜ。そんなにしょっぴかれたけりゃ、望みどおりしょっぴいてやらあ」
武佐蔵はほんとうに捕縄を取りだし、お常の腕を取ってねじあげた。
「あア、いたたたタ……堪忍してくださいまし」
「やめて、おじちゃん、やめて」
「このガキ、おじちゃんだと、クソ生意気な」
武佐蔵は止めにはいろうとした女の子を足蹴にした。背中から倒れると、怯えた目で武佐蔵を見る。
「ああ、子供には手をあげないでくださいまし」
「手なんざあげちゃいねえ、あげたのは足さ」
ますますお常の手をひねりあげ、いたい痛いと悲鳴をあげさせる。
「乱暴はいけねえ」
とうとう太助が止めにはいった。




