七
太助が止めにはいるよりも先に、大声が響き、太った男が割り込んできた。坊主頭だが、格好から見て医者のようだった。
「肩がはずれている。こんな状態で引っぱったら、腕がちぎれるぞ」
お常を診て医者が言った。
武佐蔵は跳ねのけられて尻餅をつき、ぽかんとあっけにとられていたが、立ちあがると、
「てめえこの糞坊主、よくも俺様を突きとばしやがったな」
と喚いた。
「わしは医者で、坊主ではないが、これはすまぬことをした。いま言ったように、このご新造の腕がちぎれるところでしたでな」
医者はていねいに頭をさげ、またお常のほうにとりかかろうとした。
「すぐに肩をいれてやらねば」。どなたか、戸板を持ってきてくれぬか」
武佐蔵はおさまらなかった。
「この糞医者、てめえからまずしょっぴいてやる」
と、医者の背後を襲おうとしたとき、うしろにぐいと引き戻された。
「馬道の親分、ケガ人の治療中ですぜ」
「この野郎、俺を引っ張りやがったな」
「さっきはお医者の先生に突きとばしたって文句を言ってたから引っぱったんでえ」
「なにをこの野郎、てめえからしょっぴいてやる」
武佐蔵が十手を振り回すと、太助の腕のあたりにあたった。
「痛え! なにしやがんだこの野郎」
太助が武佐蔵を突きとばす。
「てめえ、この武佐蔵親分を突きとばしやがったなこの破落戸が」
「言いやがったなこん畜生、だがな、あんただって元はそうじゃねえのか。岡っ引なんざ御上の御用を聞くだなんだいっても、もともと破落戸だのやくざだのの半端者どもをうまいこと使ってるだけだ。毒を食らわば皿まで、って考えでな」
「それをいうなら毒をもって毒を制すだ莫迦野郎」
「あ、莫迦って言いやがったなこの野郎」
「莫迦に莫迦っつってなにが悪いんだこの野郎」
「てな具合にうちの親分が馬道と罵りあってるうちに、日茂庵先生に肩を直してもらって、お常親子は馬道の親分のまえから逃げだした、ってわけなんでさ」
「へー、医者ってのはあの藪医者だったのか」
「へい、まえから名前だけは聞いてたんですが、こいつがきっかけで付きあいさしてもらうようになりやしたんで」
色吉はひとつうなずき、
「で、親子はどうなったんだえ」
とりあえずお常の肩を入れたあとで、日茂庵と卒太とで親子を日茂庵の診療所――これも日茂庵という名前がついていたが――に運んだ。
卒太が戻ると、あのアマはどこに行きやがった、と武佐蔵が騒いでいた。
「おいら知らねえぜ。だいたいあんた、そもそもあのご新造さん親子を追いだしたかったんじゃねえのか。うまいこと追っ払えたんだから、親分の勝ちじゃあねえのかい?」
すると武佐蔵はちょっと考える顔つきになって、
「まあ今日のところはこれくらいにしといてやる。つぎは容赦しねえからな」
と去っていった。
「お常の親子は親分が保証人になって、この近所の鋸町の長屋に住んでやす。で」
卒太が根吉を見やると、にやにやしながら根吉があとをひきとる。
「どうもね、ちょいちょい親分ときたらしょっちゅうお常さんとこにしげしげと足しげく顔をだして日参してるようなんでさ」
「うん、なんだかものすごく通い詰めてる様子は伝わったぜ」
「なにしろ話の様子じゃお常さんには旦那がいねえ。後家なんだか亭主に逃げられたんだかは知らねえが」
「今日も実は、あっしが先にここに来たのも、野暮用だのなんの言って、お常さんのとこに寄ってるようなんでさ。本人隠してるつもりらしいが、ばればれなんでさあ」
「へーえ。あの朴念仁も、そんな浮いた話があったかえ」
そんなところに、太助があがってきた。待たしたな、と言いながら色吉たちのまえにどっかりと腰をおろす。
「どうだったぇ?」
さっそく色吉が訊く。
「おいらを誰だと思ってやがる。ばっしり、話はつけてきたぜ」
「いやささすが親分だ、まあひとついきねえ」
色吉が湯呑みに酒を注いで、太助に渡した。
「まあ、田尻様のとこにはだいぶ借りがあったんで、そいつを清算するために方々からかきあつめたんでやすがね」と根吉。
「ばっかおめー、余計なことを言うない」
「なあにそれでちゃんとかきあつまるのが人徳ってもんだ、ほれ、もうひとつ」
上首尾を聞いて色吉も上機嫌だった。




