表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
色吉捕物帖 三  作者: 真蛸
ある日の太助
83/183

「おう、おいらはちいと野暮用があるから、先に行っててくんな」

 八辻が原で、太助は根吉から提灯を受け取る。小料理屋は土堤沿いの広い道を行ったところにあるし、月もあるから根吉は灯りなしでも構うまい。

 ぶらぶらとしばらく歩いて、とある長屋の木戸をくぐる。太助の長屋からもほど近い、鋸町の長屋だ。

 とんとんと、裏長屋の一室の戸を叩きながら、

「おいらだ、お常さん……ご新造、いるかい」

 すると戸がするりと開いて、小さな女の子が立っている。

「よう、お玉坊、いい子にしてたか」

 にこにこしていた女の子が、むっとへそを曲げる。

「おいら、子供じゃないよありんすえ、子供あつかいはよしとくんなんし」

「コラ、餓鬼が遊女みたような口きくんじゃあねえ。だいだいおめえ――」

「なにさ、説教なんて聞かないよ、太助さん、きらい。もうお嫁になってあげないんだから」

 お玉坊はくるりと向こうをむいて、奥に入ってしまった。入れ替わるようにお常が出てきた。

「親分さん、ごめんなさい」と頭をさげ、奥を振り返って、「玉吉、おまえ親分さんに失礼なことを、謝りなさい」

「いいんだいいんだ」と太助は手を振る。

「でもお玉坊のやつ、紅なんざ差しちゃいなかったか」

 するとお常は頬を染めた。

「ええ、近頃は髪に笄を挿すだけじゃあきたらなくなったみたいで、近所のお姉さんからもらうみたいで……。ほんとにおはずかしい……」

「お玉坊はいくつだったかな、九つか。うーん」

 太助は腕を組む。

「それからあの子、親分のお嫁さんになるんだなんて莫迦なこと……」

「はっは、そいつはうれしいというかなんというか、ううむ」

「ああ、ごめんなさい、こんな土間でいつまでも。あがってください」

「いや、すぐ帰るからおいらはここでいいんだ。まあとにかくもうちっと様子を見るとしようよ。ところで年の瀬でなにかともの入りだろう、こいつは少ねえが、とっといてくれ」

 と一分金を手渡す。お常は目を丸くする。

「親分さん、いつも頼りにして、甘えちゃってるのはわかってる、だけどこれはもらいすぎだ」

 返そうとするのを押しとどめ、

「いいんだ、こいつは賭場で生まれたあぶく銭、おめえが受け取ってくんなけりゃ、またさいに呑まれるまでよ」

 すかした物言いに、お常は思わず吹きだした。

「ごめんよ、なんだかおかしくてつい……。ありがとう親分、やさしいんだね。ありがたくちょうだいする」

 と金を押しいただいた。

「じゃあ、またくるぜ」

 背中を向ける太助に、

「あがって、たまには夕飯でもいっしょしてよ」

 太助は驚いた顔で振りかえったが、

「いや、飯はいつも、小料理屋で手下どもと食ってるんだ」

「あ、そう言ってたっけ。ごめんなさい」

 お常は目を伏せる。

「じゃあまたな」

 太助は戸を閉めて、去っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ