四
「おう、おいらはちいと野暮用があるから、先に行っててくんな」
八辻が原で、太助は根吉から提灯を受け取る。小料理屋は土堤沿いの広い道を行ったところにあるし、月もあるから根吉は灯りなしでも構うまい。
ぶらぶらとしばらく歩いて、とある長屋の木戸をくぐる。太助の長屋からもほど近い、鋸町の長屋だ。
とんとんと、裏長屋の一室の戸を叩きながら、
「おいらだ、お常さん……ご新造、いるかい」
すると戸がするりと開いて、小さな女の子が立っている。
「よう、お玉坊、いい子にしてたか」
にこにこしていた女の子が、むっとへそを曲げる。
「おいら、子供じゃないよありんすえ、子供あつかいはよしとくんなんし」
「コラ、餓鬼が遊女みたような口きくんじゃあねえ。だいだいおめえ――」
「なにさ、説教なんて聞かないよ、太助さん、きらい。もうお嫁になってあげないんだから」
お玉坊はくるりと向こうをむいて、奥に入ってしまった。入れ替わるようにお常が出てきた。
「親分さん、ごめんなさい」と頭をさげ、奥を振り返って、「玉吉、おまえ親分さんに失礼なことを、謝りなさい」
「いいんだいいんだ」と太助は手を振る。
「でもお玉坊のやつ、紅なんざ差しちゃいなかったか」
するとお常は頬を染めた。
「ええ、近頃は髪に笄を挿すだけじゃあきたらなくなったみたいで、近所のお姉さんからもらうみたいで……。ほんとにおはずかしい……」
「お玉坊はいくつだったかな、九つか。うーん」
太助は腕を組む。
「それからあの子、親分のお嫁さんになるんだなんて莫迦なこと……」
「はっは、そいつはうれしいというかなんというか、ううむ」
「ああ、ごめんなさい、こんな土間でいつまでも。あがってください」
「いや、すぐ帰るからおいらはここでいいんだ。まあとにかくもうちっと様子を見るとしようよ。ところで年の瀬でなにかともの入りだろう、こいつは少ねえが、とっといてくれ」
と一分金を手渡す。お常は目を丸くする。
「親分さん、いつも頼りにして、甘えちゃってるのはわかってる、だけどこれはもらいすぎだ」
返そうとするのを押しとどめ、
「いいんだ、こいつは賭場で生まれたあぶく銭、おめえが受け取ってくんなけりゃ、また賽に呑まれるまでよ」
すかした物言いに、お常は思わず吹きだした。
「ごめんよ、なんだかおかしくてつい……。ありがとう親分、やさしいんだね。ありがたくちょうだいする」
と金を押しいただいた。
「じゃあ、またくるぜ」
背中を向ける太助に、
「あがって、たまには夕飯でもいっしょしてよ」
太助は驚いた顔で振りかえったが、
「いや、飯はいつも、小料理屋で手下どもと食ってるんだ」
「あ、そう言ってたっけ。ごめんなさい」
お常は目を伏せる。
「じゃあまたな」
太助は戸を閉めて、去っていった。




