二
向かった先は浅草の、とある裏通りのさらに奥、廃寺と見まごうばかりの寂れた寺だった。
しかし廃寺でないことは、どこかからか読経の声が漂ってくることからわかる。
そして本殿に近づいただけで、なかから小姓がとびだしてきた。
「これは、太助殿。ようこそいらっしゃいました。でも、いささか早いようですが」
小姓は十三、四くらいにしか見えないが、太助はもう十年もまえからここで知っている。そのころから見た目が変わっていなかった。
「ちいと和尚に用があってな」
小姓は肩越しに奥をすかし、
「しかしいま、お勤め中でございます」
すぐに顔を戻して太助を見る。
「このあとも立て込んでてな、すまねえが呼んでくんねえ」
「さて、町方の小者風情に、勤めを中断してまでの御用が和尚のほうにありますかどうか」
上目づかいでそう言う。
「たしかにここは町方の縄張りじゃあねえかもしれねえ。だがおかげさんで、最近はおいらも顔が広くてな、お寺社様にお怖れながらと訴え出る伝手もないことはないんだけどな」
「そのようなこと、お手前もただでは済みますまい」
「さて、町方の小者風情のことなんざ、気にするやつはそういねえんじゃねえかな」
「小者風情を気にする者がいないといっても、なんらかの御沙汰はございましょう。お奉行様も、不浄な小者などよりこちらに味方するでしょう。そうなると損をなさるのはお手前だけとなりましょう」
「まあお寺社様もすぐには動かないかもしれねえ。しかし世間の口に戸は建てられないというし、御上ってのは意外と世間の口を気になさるもんだからなア」
小姓がなにか言いかけたが、太助はよそを向くと、
「おいらへの御沙汰つっても、他のやつらと変わらねえし、それだってお目こぼしを頂戴する手はいくらだってあるんだよなア」
とひとりごとのように言った。
小姓の上目がきらり光る。
「供膳、さがっていなさい」
小姓の背後から声がかかった。薄暗い廊下をすかして見ると、和尚が立っている。そういえば、いつの間にか読経がやんでいた。
「和尚様、しかし……」
反論しかけた供膳だが、和尚の静かに目をやるとおとなしくさがった。和尚が太助に向きなおる。
「御用はなんでしょうな」
「なに、たいした用事じゃあねえんだ。今月の貸しがずいぶんたまってるんで、受けとりにきたのよ」
「む。しかし、いつもは晦日のお約束では」
「ちいともの入りでな。十日かそこいら早くたって違いはあるめえ」
「しかし、こういうのは守らねば、癖になりますからな」
「今度だけだよ、本膳和尚、あんたとおいらの仲じゃねえか、ひとつ頼むぜ。持ち合わせがないとはまさか言うめえ」
借りのあるときはなかなかに遅れるのに、貸しのときだけ早く受け取りたいとは、お勝手なこと、つぎに借りのときはお早めに頼みますよ……、とぶつぶつと恨みごとを述べる和尚を背に、太助とその子分はほくほくで去っていった。
「あの小者、出入り禁止にいたしますか」
うしろに控えていた小姓が言った。
「なに、今月はたまたまでも、ふだんは稼がせてくれるやつじゃ、それには及ぶまいて」
「しかしあのような生意気を、和尚様にまで言うようでは……」
「供膳、おまえもずいぶん長いようでいて、まだまだ青いの。町方の小者も、いればいつか何かの役に立つときが来ないとも限らん。なんとかと鋏は使いよう、と申すではないか」
「はあ……」




