一
神田下白壁町に住む岡っ引、太助の一日は濃いめのお茶から始まる。
「ずず……あちい。うーん、うめえがだめだ、ガンガンするのは治らねえ。やっぱり酒をくれ」
子分の根吉が貧乏徳利から湯呑みに注いでさしだした。「おらよ、親分、しっかりしなせえ」
太助はそれをひと息にあおる。
「ぷはあ、うめえ。うん……よしよし、効いてきた。よし、もう一杯」
と、湯呑みを根吉にさしだす。
「親分、そんくらいにしときなせえ」
そのとき長屋の戸ががらりと開いて、
「そうだよ、根吉どんの言う通りだ、いい加減にしといてくれよ」
と、色吉が入ってきた。
「おうおう、なんでえ、朝っぱらから」
「そりゃこっちのセリフだ。なにを朝っぱらから呑んでやがる。いや待て、つうかもう昼だぞオイ」
「ちっ、こりゃ迎え酒だ。頭痛が痛えんだから仕方ねえだろう」
「そうか、頭痛が痛えんなら仕方ねえな、――とか言うとでも思ってんのかこの野郎。あんたに頼んでることがあるだろうが、いつまでもぐうたら寝てねえで、とっとと起きて、さっさか出かけて、しゃきしゃき働きやがれ」
「そう言い重ねることもねえだろう、わかったよ。すぐやるよ」
素直に認める太助に、色吉の表情も緩んだ。
「……で、おいらはなにを頼まれたんだ?」
「こっ、この野郎……」
神田の目抜き通りを根吉と歩いていると、ご府内の人びとはふだんから早い脚をいっそう忙しく動かしているものだから、しばしば行き当たりそうになる。いや、実際にぶつかって喧嘩になっているやつらもいた。人出もふだんより割り増しなのだ。
「賑やかでうれしくなりやすねえ。おや、あすこに走るは日茂庵先生じゃ」
根吉の目の先を追うと、医者の日茂庵が太ったからだをと、と、と、と走らせていた。
「医師も走る、教師も走る、と。まあふだんどっしりと構えている先生と呼ばれる師も走るってんだから、師走にゃあ似つかわしいこった。待てよ、ひょっとしたら師走ってのはそっから来たんじゃねえのか」
「ひょっとするもしねえも、そっから来たんすよ親分」
などとくだらない話をしながらふたりは足を速めた。




