十七
「しかしあんた、せっかく大店を手に入れようってのに、なんでお嬢さんを、莫迦なことをしちまったのかね。お鶴さんなら婿に入ったあとも妾として囲っておけばよかったのに。今だってそんくらいの甲斐性があるんだ、ましてや浜門屋当主に収まったらどうってことないだろうに」
「ああ、お鶴のことまで調べがついておりましたか。親分殿、敵ながらあっぱれというところですか」
文造はすっかり観念したようだった。
「あたしはね、あのようなわがまま者には決して耐えられないことはわかってましたからね。だからこいつ、新吉との仲はまえまえから気づいて、駆け落ちでもしてくれないかと思っていたのですよ。ほかにこれといった親戚などもない忠兵衛さんだ、あきらめてわたしを養子に迎えようってことはじゅうぶん期待できましたからね。あるいはやもめの婿あつかいにしてくれたかもしれない。で、とうとう婚約が決まってからもわざとお嬢さんには気持ち悪がられるように接しての、こいつを馘首にしてのと、せっせとお膳立てしてせっかくうまくいきかけていたんですよ。あの衣装合わせだって、お嬢さんにのっぴきならない状況だと覚らせ、追い込むためだったのに、まさかそれなのに、それがもとに心変わりするとはね。わがままの見栄っ張りだとは承知でしたが、まさかあれほどとは……。それで、どうにかして嫌われてやろうとお嬢さんの座敷にいってみますとね、先客としてこいつがいたんですな。そしてお嬢さんを絞め殺してしまった。そしてそのまま、夜逃げをするだろうと、わたしとしてはそう考えたとしてもあたりまえでしょう。そしてお嬢さんをうかがいに部屋に入ってみると生き返ってるではありませんか。とっさに絞めてましたね。だって下手人はもう逃げてるはずだから、あたしが捕まる心配はないじゃございませんか。だから次の日に新吉が広間に飛び込んできたときは、あたしがいかに驚いたか、おわかりでしょう。煙草の葉っぱも、たしかになにかの役に立つかもしれないと考えて新吉の煙草入れから抜いておいたものですよ。なにしろこいつはだらしなくて、しょっちゅう煙草入れをあちこちに置きっぱなしにしていましたから、機会はいくらでもあったのです。さっき親分は、葉っぱを握らせるのを忘れてたと言っていたが、そうじゃないんです。こいつがわたしに罪を押しつけようとしたことに対抗するために、あのとき初めて思いついたのですよ……」
文造の告白を聞いて、色吉はうなずいた。
「番頭さん、あんた、主筋に手をあげちまった。しかも殺しとなると、かわいそうだが死罪はまぬかれまいねえ」
文造がしおらしくうなだれる一方で、
「へっ、かわいそうなもんか、俺にお千代殺しの咎を押しつけようとしやがって」
と、新吉が口を出した。
「新吉さん、あんた、未遂に終わったとはいえ、やっぱり主筋に手をあげたんだ、こりゃやっぱり死罪だろうね」
色吉の言葉に、新吉が青ざめる。
ところが、そのときもう一人の小者の太助が横から口をはさんだ。
「と、言いてえとこだがよ、新吉はそのまえに番頭さんに馘首を言い渡されてるんだ。つまりお嬢さんの首に手をかけたときには、もう主従ではなくなってたってことで、殺しは未遂だから死罪にはならないんじゃねえかね」
文造は眉をひそめ、新吉は嬉しそうに顔をゆがめた。
「へ、番頭さんよ、ざまあねえな。俺を馘首にしたバチだな。いやあ、俺は浜門屋を馘首になっちまって残念だよ、へへへ」
「あー、その件だけどな、さっき当主の忠兵衛さんにあらためて聞いてみたんだがよ、旦那、娘を殺めたのが番頭さんだと聞くと、えらいお怒りようでな、あんなものは番頭じゃあない、いや、最初っから番頭となんざ認めないと大変な剣幕だったぜ。しまいには番頭でないやつが言い渡した馘首など無効だ、新吉はまだ浜門屋の手代だ、とおっしゃってたぜ。よかったな新吉、無宿人としてでなく、りっぱな商人……見習いとして死ねるぜ」
またもや青ざめて唖然とする新吉の肩を叩き、色吉はその腕を取った。
「ばかな、俺が馘首になったのはお嬢さんが殺されるまえだぜ、だから馘首は有効のはずだろ」
「そいつはお奉行に言うんだな。しゃきしゃき歩きやがれ」
膝が崩れ、足元のおぼつかない新吉を、色吉は馬鹿力でひきずっていった。
夕刻、羽生多大有について邸に戻ってきた色吉は、出迎えに手をついている留緒に声をかけた。
「よう、留緒ちゃん」
「なに」
顔をあげた留緒はぶっきらぼうに応える。
色吉は御用葛籠をあけると、菓子箱を取りだした。
「こいつは先日の詫びのしるしだ。おれが自分で買ってきたぜ」
「これ、うち……芽実江屋でいちばん大きい詰め合わせじゃないの」
留緒はうれしいような困ったような顔で、箱と色吉を交互に見やった。
「留緒ちゃんのために買ってきたんだ、ひとりでたいらげちまっていいぜ」
それでもとまどい、遠慮する留緒に、受け取ってくんな、と箱を押しつけるように持たせた。
「うん、ありがとう、色吉さん」
と留緒は笑顔になった。その晩、夕飯後の茶とともに菓子が皆にふるまわれた。ひとり占めではなく、みんなに分ける、留緒らしいところだった。
〈了〉




