八
千代の部屋は六畳と奥に四畳のふた間つづきだったが、あいだの襖は開けっぱなしで持ち主の性質をあらわして乱雑だった。
「お千代さんは、どこに倒れていなさったんです」
色吉が言った。
「はい、この布団のうえに仰向けでこう」
「布団は乱れたままだ。てことはその後、片づけはしていない、てことで?」
敷布団は敷いたまま、掛け布団はよこに放ってあった。
「ええ、なにしろ広間で布団を敷かせて千代を寝かせて、女中に介抱を言いつけたり、小僧に医者を呼びにやらせたりときりきり舞いでしたからな、そんないとまは――」
勢い込んで言うのを色吉は押しとどめて、
「いや、責めてるんじゃあありやせん、それどころか、現場をそのままにしてもらってかえって助かりやす」
文造はならばいい、と納得した顔をしてみせる。
「ところで、日茂庵先生の見立てによると、被害者は昨日の真夜中、九つから八つ、丑三つ時にはもう亡くなっていたようでございます。あんたが運んだときには、お嬢さんはもう冷たかったんじゃあありませんかえ」
「えっ、いや……それは……千代のことが心配で、それどころではなかった。気がつかなかった」
文造は背中を冷や汗が伝わるのを感じた。
「ああ、そうでしょうね。無理もねえことで、お察しいたしやす」
色吉はそう言うと、それからぐるりとひと渡り首を巡らすと、
「この部屋ですがね、こう見まわして、なにか気づいたことはありませんかえ」
「はて」
文造は部屋のそこここへおざなりに目をやったが、すぐに、
「さて、わたくし探りものに関しては素人、とても親分さんのようにはいきませぬ」
と首を振った。
「ここいらです」
色吉は布団の縁のあたりを指す。番頭は顔を近づけたが、また首を振った。
「布団にも、畳にも、とくになにもないようですが」
「そう、なんにもないんですよ、ちいと乱れてるってだけで、ちりひとつ落ちてねえ」
「ええ」
文造はうなずいた。
「なんでなにもないんでしょうね」
「なんでなにもないのか? ……どういうことでございましょう」
「お嬢さんは、煙草の葉を握ってましたね。そいつがちいとばかりこぼれていてもよさそうなもんだとは思いませんかえ」
文造は驚きが顔に出そうになるのをなんとかこらえ、なにげない風を装った。
「ああ……言われてみればそうかもしれない。だが、それがなんだというんです」
すると色吉はにやりとした。
「さあ、そこでさあ。だいたいからして、そもそも煙草の葉っぱなんざどうやってつかんだんだ、ってのがまずありやしてね。煙草の葉なんざ、一服つけるときに取りだして、煙管に詰める、そのほんの短いあいだだけでさ、表に出るのは。あの葉っぱが下手人のものだったとして、お嬢さんはわざわざその煙草入れから取りだしたんですかね? 袋だか箱だかわからねえが、ふたを開けて、ひとつかみ取りだして、またふたを元に戻すなんて面倒を。しかも下手人に見とがめられず? 仮にできたとして、そんなことしてなんの役に立つんだか」
文造は後悔を感じはじめていた。こいつがこんなに細かいとは、わかっていたらあんな小細工をするでなかったのに……。
「そ、それはきっと、新吉――下手人は、最初おとなしく話をしていたんではないですかな。そう、千代を口説いたんでしょう。しかしそのうち雲行きが怪しくなってきて、身の危険を感じた千代は、新吉――下手人の目を盗んで煙草の葉をつかんだんです。あるいは、葉を煙管に詰めてやって、そのどさくさにいくつかを握ったのかも」
「お千代さんは煙が嫌いだったのに、自分の部屋で煙草をやるのを許したんですかえ」
「だからきっと、話しているうちに下手人が頭に血がのぼってきたのを落ち着かせようとしたんですよ。むしろ千代のほうから言いだしたんじゃないかと思いますね」
「なるほど。それならお嬢さんが葉っぱを持っていたことのうまい説明がつきやすね。それで……灰はあすこに捨てたかな」
色吉は布団の足元にあった火鉢に目を留めた。しかしなかを覗いて、困った顔をした。
「煙草の灰らしいのはありやせんね」
「かき混ぜて、わからなくしちまったんでしょう」
「なるほど、きっとそうでやすね。自分がここにいたことを覚られぬようにね。しかし――」
色吉はなにか考えこむ顔つきだ。
「そのあとお千代さんは首を絞められたわけだが、よく葉っぱを握ったままでいたもんですね。ふつうなら、それどころじゃなく手を振りほどこうとするだろうに」
「ああ、不憫な」
番頭は嘆息した。
「千代はきっと、殺されることがわかって、せめて誰が下手人かの証拠を遺そうとしたのでしょう。なにがなんでも握りしめて、放さなかった。なんといじらしい……かわいそうに……親分、きっと下手人、煙草喫みの下手人をつかまえてやってください」
「へい、肝に命じやす。ところで」
まだなにかあるのか。文造はうんざりしてきた。
「番頭さんがお嬢さんを運ぶときにもよくこぼれなかったもんですね」
「それは、女中頭とふたり、気をつけて慎重に、そうっと運びましたからね」
また嫌なことを言いだした。確かに葉がこぼれていないのは不自然だと、ついとっさに言い訳したが、どうにも間に合わせの、その場しのぎのまずい言い訳だった。
「ああ、大事にゆっくりとお運びになったと。そうでしょうねえ。いや、いろいろいい話を聞かせていただきやした、ありがとうございました」
しかし岡っ引はそれ以上食い下がってこず、文造はこれにて解放された。




