九
手代、丁稚、女中頭と順に呼ばれては戻ってもこない。客間に残っているのはもはや新吉とふたりの女中だけになった。
「つぎはお清さん、出てくんな」
坊主の岡っ引がそう言ったときに、新吉はとうとう声をかけた。
「ねえ、いつあたしの番になるんですかい。女中なんかより男のあたしのほうが先でしょうに」
すると坊主頭は居るのに初めて気がついたとでもいうような目で新吉を見た。
「あんた、昨日馘首になったってんだから、どうせやることもねえだろう。ならのんびり待つこった。働く人から先だ」
新吉は二の句を継げなかった。
やがてもうひとりの女中も去ってしばらく、とうとう新吉に番が回ってきたときには、先頭の忠兵衛が呼ばれてから一刻もたっていた。
「ご苦労さんでございます、こちらまでご足労を願います」
色吉という名前通りの色男の岡っ引がにこにこと愛想よく先に立った。さっきの広間だ。千代の顔に、いつのまにか白布がかけてあった。自分の殺した(と新吉は信じていた)女の遺骸とひとつ部屋というのは、少々居心地が悪かった。新吉はそちらにちらりと目をやり、すぐに目をそらした。
「手代さん、いやさ新吉さん、ちいと手を見してもらっていいですかい」
へんにいい男の岡っ引が、新吉の手を取って「ほ、これは大きな頼もしい手ですな」などとほれぼれと見るので、その気のないはずの新吉もどぎまぎしてしまった。こいつまさか陰間か、妙に男らしいところがますます怪しい、などと怖くなり、あわてて手を引っ込めた。
「やあ、これは不調法をしました、うっふっふ」
などと色吉はますますそれっぽく笑っている。色男、ではなく逆に読むべきなのか。
「さっき言っていた、お嬢さんとあんたが好きおうていた、というのは本当なんですかい」
「え、ええ、もちろん、本当も本当ですとも」
新吉は首をがくがくとうなずかせた。
「お千代さんと駆け落ちするとか言っていましたが」
「はい、それも本当のことでございます。わたくしと千代は以前より逢引する仲でございました。そのうちに千代の父、すなわち当主の忠兵衛殿にも打ち明けて、お許しをもらうつもりでおりました。ところが一昨日、当主は千代と番頭の婚儀を一方的に決めてしまったのです。そして千代は父親が番頭の文造と組んで婚礼の手筈をどんどんすすめるのが嫌で、わたくしに駆け落ちを迫ったのでございます。そして今晩、庭で落ち合ってふたりで手を取りあってこの家を出る予定でございました」
本当は約束は昨日の晩だったわけだが、正直にそんなことを言うわけにもいかない。岡っ引には今晩ということにしておく。だが他はだいたい本当のことだった。千代の心変わりを除けば。
「きのう、馘首になったというはなしもでていたようでやすが、理由を聞かせてもらえますか」
「はい、あの番頭と些細なことで口論となりまして、売り言葉に買い言葉といったぐあいで、しまいには馘首だ、と言われました。わたしも駆け落ちの件があったものですから、そのまま辞めてやると言いました」
「でも駆け落ちの約束は次の日、つまり今晩だった、つうことですよね。そんな事情なら、いっそのこと一日早めて昨日のうちに家を出ちまおうとは考えなかったんで?」
「いまとなってはそうしておけば、と思いますが、そのときはお嬢さんのご都合もあると考えまして」
「しかし今日もいることで番頭さんに叱られてましたね」
「はあ、一日くらいは見逃してもらえるだろう、と思ったんですが、あの文造め、鬼のような奴でございます。あの文吉が、わたしとお千代の仲を知ってお千代を殺したんですよ。旦那様によって強引に番頭と娶せられるのを、千代はそれは嫌がっていたことでした。かわいそうに、はやく文造を縛ってやってください」
「あんた、お千代さんが殺されたことをいつ知りましたかえ?」
「え? いや……その、あのときの、ちょっとまえでしたか……そう、それを知ってすぐにここに駆けつけたのですから」
「誰から聞いたんですかい」
「え。誰から……いや……誰からというより、丁稚や手代がひそひとと話しているのを小耳にはさんだのです」
「ふうむ。あっしらがここに来るかなりまえから、騒ぎになってたと思ったんですが、あんたはそいつに気がつかなかったんで?」
「あ、ええ、そう……なにしろわたしはきのう馘首された身ですから、手代部屋でのんびりしておったのです」
「昨日のうちに出ていくように言われてたってのに、のんびりしなすってたんですかい?」
「え……ええ、だからその、さっきも言ったように、一日くらいは文句も言われまいと思ってたんです。なにしろあたしも小僧時分から八年もご奉公さしてもらった身だ、それをいきなり馘首だなんて、こっちが文句を言いたいくらいだ。それをおとなしく出ていくと言ってるんだから、ちょっとぐらい遅れたって、ああだこうだ言われる筋合いもございませんでしょう」
どうも言い訳がましくなってしまったが、どうにかうまくごまかせただろう。
「なるほど。ちょうどあっしらが来たときに、ちょうど飛び込んできたんでね。ちょうどいい間でやしたね。まったく、ちょうどよすぎるくらいで」
「ハハ、その通りで、ちょうど親分たちに居合わせて、こうして話を聞いてもらえて、ようございました」
笑顔を見せようとするが、どうも顔がこわばってしまうのが、自分でもわかった。
広間の隣の小部屋に身をひそめ、文造は岡っ引と新吉の会話を聞いていた。
新吉のやつ、自分でお千代を絞めておいて、ひとに罪をなすりつけようなんざ、なんて図々しいやつだ。と文造は自分のことを棚にあげて考えた。
岡っ引のいるところにやってきて、わざとらしく泣いてみせたのもわたしに罪を着せる魂胆だったろうが、しかし逆にその間のよさを疑われているのは痛快だった。




