六
帰りは片手で理縫を抱え、菓子箱も色吉が持った。理縫はすやすやと寝ている。
芽実江屋が見えたとき、そういえばご隠居はどうしたかな、とすっかり歩兵衛のをことを忘れていたことに気がついた。理縫を探して迷子になっていなければいいが……。
寄っていこうかと店のなかをうかがってみた。
「しかし武士に二言はないと申しましてな――」
「あらご隠居様、失礼ながらご隠居さまはもうご隠居じゃあありませんか」
「いやいや、隠居したとはいえこれでも武士の端くれ――」
「ご隠居様、それを言ったら商売人にだって商売人の意地ってものがありますの」
「しかし親しき仲にも礼儀ありという言葉もある通り、こういったことのけじめは――」
「だからって、あまりかしこまりすぎるのも……過ぎたるは及ばざるがごとしという言葉だってあるじゃありませんか」
「ええ、ごめんくださいやし」
色吉が声をかけると、座敷で押し問答をしていた歩兵衛、留亜、留宇の三人がぱっと顔を振り向け、そろって顔をほころばせた。留緒の姉妹たちはお互いにあまり顔が似ていないのだが、こういう表情はびっくりするほど留緒にそっくりだった。
「まあそのあとご隠居にわざと気づかないふりして、ご隠居が『わしじゃあ』と名乗ったらおおげさに驚いてみせたり、なんでこんなところで理縫殿を連れているのかと訊かれて、今度の縁日は人出が多いだろうから警備にあたるんだがその下見で来たところ理縫ちゃんにたまたま出くわしたと言い訳したりしたわけだ」
翌日の昼間に色吉は羽生邸に立ち寄り、茶を飲みながら留緒に理縫と歩兵衛の顛末について話しているところだった。歩兵衛は今日は本当に碁敵の肥手のところに行って留守をしており、理縫は昼寝中だ。
「あー、あたしも行きたかったなあ、色吉さんといっしょに行けばよかった」
留緒は色吉の話を楽しそうに聞いていたが、聞き終わるとそう言った。
「でも理縫ちゃん、留依ちゃんのことを覚えていてくれたんだね、やさしいな」
「これで満足して、もう独りで出かけるなんて言いださないでくれりゃいいが……」
「どうだろうね、そんときゃ今度はあたしがあとをつけようかなあ」
「そうなるとおれが留緒ちゃんのあとについてくことになるな」
「ふふ、それをまた若旦那がつけるってことだね」
それから留緒はあらためて色吉に向きなおって、
「そういえば御縁日ってことはもうじき留依ちゃんの祥月命日だね。また理縫ちゃんといっしょに行きたいんだけど、今度は色吉さんも初めからいっしょに行ってくれるかい?」
と言った。
「おお、あたぼうよ。今年はちゃんと御足を持って、理縫ちゃんに風車を買ってあげるとしようよ」
〈了〉




