二
つぎの昼間、色吉が羽生邸を訪ねると、留緒は庭で洗濯物を干していた。しごきで背中にくくりつけられた理縫がじたばたと暴れていた。
「おりるー」
「はいはい、もうちょっと待ってね」
留緒はぱんぱんと下着の水を切り、物干しざおにからげる。
「おりるのー」
ちょっとおとなしくなったと思っても、すぐにまた理縫はばたばたと暴れだす。留緒はきょろきょろと人探し顔になった。
「あれ、いま理縫ちゃんの声がしたなあ。どこだろう?」
理縫はきゃっきゃっと笑った。
「ここよー」
「どこかなあ、声はするのになあ」
言いながら留緒は体をくるりと回すが、もちろん背中にしょわれている理縫もいっしょに回るから、理縫が見つかるわけもない。
「あれえ、いないなあ、声がしたのになあ」
きゃっきゃっ。
「ここだよー」
「どこだろう」
「ここよー」
とやりとりしながら、くるくる回りながら、留緒は洗濯ものを干していく。
しばらくその様子を眺めて、それから色吉は玄関を入った。
「ええ、ごめんなすって、色吉です。あがりますよ」
ひたひたと廊下を進むと、向こうから歩兵衛がやってきた。外行きの格好をしている。
「おやご隠居、お出かけですかい」
「おお、色吉殿、すまんがそうじゃ。色吉殿はゆっくりされていきなさい」
「ならばあっしもひきあげやしょう。なに、今日の中間報告といったところですが、特にこれといってご隠居にお伝えするようなこともござんせんで」
「まあそう言わず、茶でも喫んでいきなさい。いま留緒殿に淹れさせよう」
留緒殿、と大声で呼ばわると、
「はあい」
と留緒が縁側から顔を出した。
「すまんが色吉殿に茶を差しあげてくれ」
「はい、ちょうどお洗濯も終わったところです」
留緒は廊下に腰掛け、しごきを解いて理縫を降ろした。おとなしくしててね、と言い残してお勝手のほうに廻った。
「では、わしはちょっと出かけてくるからの」
歩兵衛はそう言って玄関に向かう。
「ところでどちらへおいでですかい」
「な、なあに、ちょっと野暮用……ああ、いや、そ、そうだ、えー、ちいと碁にな、肥手のところにな」
「ああ、いってらっしゃいやし」
色吉は頭をさげて笑い顔を隠した。そこまで慌てることもあるまいに、嘘のつけない人である。
「ちちうえ、いてらしゃい」
理縫も廊下にかしこまり、父に向かって手をついた。歩兵衛はにこにこと去っていったが、理縫のうつむけた顔がにやりとしたのを色吉は横目でとらえた。
「理縫殿、遊ぶかえ?」
「ううん、あそばないの」
理縫は縁側から草履をはいて、庭に出た。そのままちょこちょこと裏庭のほうへと、色吉のいるところからは見えなくなった。
入れ替わるように、台所のほうから留緒が早足で歩いてきた。盆に茶を載せているから駆けるわけにもいかず、すりすりと摺り足の速足だった。
「いま、理縫ちゃんがお勝手から外に出てったよ」
特に必要もないのに声をひそめて言いながら、色吉のよこにしゃがみ込み盆をつきだす。色吉は茶碗を取り、ひと息に飲み干した。
「よし、じゃあいってくるぜ」
色吉も特に必要もないのに声を落とし、茶碗を戻し立ちあがる。茶は白湯のような温さで、ひと息で飲むのにちょうどよかった。




