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色吉捕物帖 三  作者: 眞蛸
理縫のおつかい
57/198

二

 つぎの昼間、色吉が羽生邸を訪ねると、留緒は庭で洗濯物を干していた。しごきで背中にくくりつけられた理縫がじたばたと暴れていた。

「おりるー」

「はいはい、もうちょっと待ってね」

 留緒はぱんぱんと下着の水を切り、物干しざおにからげる。

「おりるのー」

 ちょっとおとなしくなったと思っても、すぐにまた理縫はばたばたと暴れだす。留緒はきょろきょろと人探し顔になった。

「あれ、いま理縫ちゃんの声がしたなあ。どこだろう?」

 理縫はきゃっきゃっと笑った。

「ここよー」

「どこかなあ、声はするのになあ」

 言いながら留緒は体をくるりと回すが、もちろん背中にしょわれている理縫もいっしょに回るから、理縫が見つかるわけもない。

「あれえ、いないなあ、声がしたのになあ」

 きゃっきゃっ。

「ここだよー」

「どこだろう」

「ここよー」

 とやりとりしながら、くるくる回りながら、留緒は洗濯ものを干していく。

 しばらくその様子を眺めて、それから色吉は玄関を入った。

「ええ、ごめんなすって、色吉です。あがりますよ」

 ひたひたと廊下を進むと、向こうから歩兵衛がやってきた。外行きの格好をしている。

「おやご隠居、お出かけですかい」

「おお、色吉殿、すまんがそうじゃ。色吉殿はゆっくりされていきなさい」

「ならばあっしもひきあげやしょう。なに、今日の中間報告といったところですが、特にこれといってご隠居にお伝えするようなこともござんせんで」

「まあそう言わず、茶でも喫んでいきなさい。いま留緒殿に淹れさせよう」

 留緒殿、と大声で呼ばわると、

「はあい」

 と留緒が縁側から顔を出した。

「すまんが色吉殿に茶を差しあげてくれ」

「はい、ちょうどお洗濯も終わったところです」

 留緒は廊下に腰掛け、しごきを解(ほど)いて理縫を降ろした。おとなしくしててね、と言い残してお勝手のほうに廻った。

「では、わしはちょっと出かけてくるからの」

 歩兵衛はそう言って玄関に向かう。

「ところでどちらへおいでですかい」

「な、なあに、ちょっと野暮用……ああ、いや、そ、そうだ、えー、ちいと碁にな、肥手のところにな」

「ああ、いってらっしゃいやし」

 色吉は頭をさげて笑い顔を隠した。そこまで慌てることもあるまいに、嘘のつけない人である。

「ちちうえ、いてらしゃい」

 理縫も廊下にかしこまり、父に向かって手をついた。歩兵衛はにこにこと去っていったが、理縫のうつむけた顔がにやりとしたのを色吉は横目でとらえた。

「理縫殿、遊ぶかえ?」

「ううん、あそばないの」

 理縫は縁側から草履をはいて、庭に出た。そのままちょこちょこと裏庭のほうへと、色吉のいるところからは見えなくなった。

 入れ替わるように、台所のほうから留緒が早足で歩いてきた。盆に茶を載せているから駆けるわけにもいかず、すりすりと摺り足の速足だった。

「いま、理縫ちゃんがお勝手から外に出てったよ」

 特に必要もないのに声をひそめて言いながら、色吉のよこにしゃがみ込み盆をつきだす。色吉は茶碗を取り、ひと息に飲み干した。

「よし、じゃあいってくるぜ」

 色吉も特に必要もないのに声を落とし、茶碗を戻し立ちあがる。茶は白湯のような温さで、ひと息で飲むのにちょうどよかった。


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