一
すっかり日も短くなったある夕刻、色吉は羽生多大有の退勤の供についていた。
羽生邸の表門に近づいたとき、なかから鞠が転がりでてきた……と思ったらそれは理縫だった。理縫が駆けだして、門からは留緒が飛びだしてきた。
ちょこちょことこちらに向かってくる理縫のうしろから、色吉に気づいた留緒が叫んだ。
「つかまえて!」
しかしつかまえるまでもなく、理縫は多大有の足に抱きついた。
「あにうえ」
多大有は妹を抱きあげ、高い高いをした。理縫はきゃっきゃっと喜んだ。
駆けつけてきた留緒も色吉と並ぶと、それを見てほほえんだ。
多大有が理縫を降ろすと、理縫はまた逃げだした。
「あ、待て!」
留緒が追いかけてつかまえると、暴れる理縫を抱えて戻ってくる。
「いくのー」
「またこんど、あたしもいっしょに行くから、ね」
「ひとりでいくのー」
「かまいたちに斬られたり、人さらいに拐かされるよ」
「こわいーやだー」
「だったら、ね、言うこときいて」
「いくのー」
色吉のところまで戻ると、留緒が困り顔で見てくるので、理縫を受け取ると肩に乗せた。
「ほら理縫ちゃん、かたぐるまだ」
すると理縫はまたきゃっきゃっと喜んだので、そのまま屋敷に帰った。
留緒が夕餉のしたくをしているあいだ、理縫がまた逃げださないように色吉が遊び相手になった。お馬さんごっこで馬になり、飽きたらまたかたぐるま、高い高いにまたお馬、と昼間の御用よりもよほど働いた。
「ごめんよ、色吉さん。でもほんと助かった」
遊び疲れた理縫を寝かしつけたあとで、ちょうど夕飯を終えて帰ろうとした色吉を引きとめ、留緒は肩を揉んでくれる。
「いつもはご隠居が見ていてくれるんだけど」
歩兵衛は今日は町内の寄り合いで遅くなるとのことで、まだ帰っていなかった。
「留緒ちゃんだってたいへんだったろう、もうそれくらいでいいぜ」
「まだまだ。色吉さん、寝そべんなよ。腰も揉んだげる」
「なんだか悪いな。じゃあお言葉に甘えて、と。ああ、こりゃ極楽極楽」
「さんざん理縫ちゃんのお馬になってくれたお礼だよ。よいしょ、よいしょ。でさ、悩みを聞いとくれよ。こんなこと相談できるの、色吉さんだけなんだ。よいしょ、うんしょ。ほら、若旦那様はひとこともしゃべんないし、なに考えてるかもよくわかんないし……」
留緒の目下の悩みは、ちかごろ理縫がやたら外に出たがることだという。
「春先のかまいたち騒動で、しばらく表に出られなかったから、鬱憤がたまってたみたい。よいしょ」
「もう冬だぜ、あれからずいぶん経つじゃねえか。それに夏には川開きの花火も見にいったし、六陸んとこの一座の軽業だって見物したじゃねえか」
「うーん。なんかそういうのじゃないみたいなんだよね。よっ、と。大人に連れてかれるんじゃなくて、ひとりで出かけたい、みたいな。しょっ、と」
「出かけるって、どこへ?」
「それが、訊いても『おつかいいくのー』としか言わなくて、よくわかんないんでよね、よっ」
「あいたたたたた」
「あ、ごめん」
「でもなあ、そりゃ旦那は当てにならないかもしれねえが、ご隠居は当てにならないことはないだろう」
「そこなんだよねえ、っと」
留緒の話によると、歩兵衛の言うには、
「理縫がひとりでおもてを歩きたいなら、ひとりでおもてを歩かせてやったらよろしい」
留緒の不安な表情を見ると、
「なに、心配ご無用。わしがこっそりとあとをつけて見守るからの。留緒殿は安心して、家事に精を出されるがよい」ときた。
色吉もここに至って顔を渋めた。
「そいつは確かにやっかいだな。理縫ちゃんだけだったらおれがこっそり付いてって見守るっつ手もあるが、ご隠居の面倒まで見なけりゃならないとなると、話がややこしくなる」
「だろ。よいしょ。だからさ、色吉さんからなんとかご隠居を説得しておくれよ、っしょ」
「あれでけっこう頑固なところもあるからな。へたに止めようとしても、ますますやる気を出しそうだぜ」
「あー、そうだねー、どっこいしょ。どうしたもんだろう、色吉さん。こらしょ」
「うーん。……。そうか、ふたりとも見張るなんて考えねえで、もっと簡単に考えりゃいいのか。いてててて」
「あ、ごめん。どういうこと?」
「いや、そこは効くぜ、続けてくれ。だから、理縫ちゃんの見守りはご隠居を信じて任せて、そのご隠居はおれが見守るのよ。そんで近所でもひと廻りすりゃあ、もう二度と、とは言わねえが、しばらくはおとなしくなるんじゃねえかな」
「そうしてくれるかい? ありがとう、やっぱり色吉さんに相談してよかった、よ、っと」




