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色吉捕物帖 三  作者: 真蛸
深夜の聖祝詞
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十四

 馬子神社の拝殿の地下、隠し集会所のいびつな十字架のまえで、亀のように体を丸めて一心不乱に祈りをささげていた男が、不意に声をあげた。

「だれだ」

 そばに置いた提灯の灯りしかなかったのが、跳ねあげ戸から微かに明かりが差し込んで、外は夜中のはずだがそれでもずいぶんと明るくなったようだった。

「大次さんかい、おれだよ、金助町の色吉だ」

 階段を降りてきつつ、影が言った。

「大次さんよ、あんた、こんな時刻こんなところでなにやってるんだ」

 いまは夜の八つ。草木も眠る丑三つどきだ。

「そりゃこっちの科白だぜ。――ってこの科白も何回言わせるんだよ。あんた、縄張り違いだろうが」

「鍋町の長屋から、則兵衛の爺さんがいなくなってな。探しに来たのよ」

「それこそなぜこんな時刻にわざわざ探しに来た。なんでこんなとこにいると思った?」

「あんたいまそのクルスに祈ってたな。邪教の御神体にひざまずくたあどういうこった」

「ち、おれの質問をごまかすなよ」

「ごまかしちゃいねえ。ちゃんとつながってるのさ。まずあんたは、邪教を見張ってるだなんて言ってたがとんでもない、今の行動の示す通り、邪教の信徒の一人ってわけだ。あの集会にもあんたも参加してたんだろう? おれの見た二回とも」

「なぜそんなことが言える」

「こないだ集会を張ったとき、あんた集会は戌の刻に始まるんでそのちょっとまえから見張るんだと言ってたな。で、実際にそうした。ところがそのまえの集会、おれがあんたに見つかったときには、おれがここに入ってきたのはそのずっと以前、酉の刻も早い時分だった。まさかそんな頃から張ってたわけじゃねえよな。ところが集会が終わったあと、おれは用心してかなり経ってからここを出たのに、あんたは待ってた。おれがここにいることを確信してたんだ。なぜそんな確信が持てた? おれを見たからさ、あの集会のときに、頭巾で顔を隠したなかに、あんたもいたんだ。それからこないだの集会のときも、あんたが顔を見せたのはその前後だけだ」

 大次は黙って色吉をにらんでいる。

「つまりあんたは、実は切支丹の仲間でそいつを探られないように、自分が探索中だといっておれを牽制してたってわけだ」

「フン、仮にそうだったとして、なぜ則兵衛がここにいるってことにつながる?」

「それよ。則兵衛お良の夫婦がここの、馬子神社の氏子だってことはわかってる。ところが、それしかわかってねえんだ。お良を探す手がかりはここしかねえから、こないだまでここ中心に調べてたことはご存じの通り。ところが、今夜お良が見つかった。屍体でな。どこで見つかったと思う? なんと元の住居、則兵衛の寝てるその真下、床下だ。その代わりのように則兵衛が姿をくらました。どこを探す? やっぱりここしか当てがねえんでえ」

「てめえ、床下を掘りかえしたのか」

「語るに落ちやがったな、おれは床下としか言ってねえ。あんた、お良の遺骸が埋められてたことをなんで知ってやがる」

 大次がまなじりも裂けんばかりに色吉をにらんだのは、薄明りのなかでも見てとれた。まさに怒りのあまり自ら発光しているかのようだった。

「どうもお良婆さんは端っから――おりんが殺められたときからもう死んでたみてえだな」

 大次にかまわず、色吉は続ける。

「おれが思うに婆さんがおりんを殺したんじゃなく、むしろその逆で、婆さんはおりんに殺されたんじゃねえかな。おりんは人に知られたくない秘密をお良に言いあてられていたから、その口封じってわけだ。そしてその復讐のために、則兵衛がおりんを殺した。事情は知らないが、則兵衛ってのは寝たきりの振りをしてたんじゃねえかね。ひょっとして、同情を買って長屋を追いだされないように、とかな。それが証拠に、婆さんがいなくなってから動くようになったっていうじゃねえか。さて、復讐のためおりんをったはいいが、自分が死罪にはなりたくなかった。だから婆さんのせいにしようと、婆さんの死体を隠した。どこに隠したかはわからねえが、おおかたおりんの部屋の床下あたりまで運んだんじゃねえのかね。で、いったん自分の床下を調べさせて、なにもないことを確かめさせてからおりんの死骸を埋めた。これはあんたも手伝ったんだろうね、同じ切支丹の仲間として」

「よくもそんなあてずっぽでひとのことを糾弾したもんだな。じゃあこないだの権左、お才が死体で見つかった件はどうなんだ。これも則兵衛がやったってえのか?」

「縄張り違いの話にやけに詳しいじゃねえか」色吉はにやりとする。「そう、その夫婦はおりんを殺ったのが則兵衛だと気がついたか、あるいはお良がすでに死んでるってことを嗅ぎつけたかして、則兵衛を脅迫したんじゃねえかな、ところがあにはからんや、返り討ちにあっちまった、と」

「寝たきり、てのが振りだったとしても、あんな爺さんが中年とはいえまだまだ若いのを、それも二人も、そうあっさりとやれるもんかね」

「寝込みを襲ったんだろう、それで権左お才が自分たちの部屋で死んでた理由がわかる」

「ふん、筋は通ってるように聞こえるが、だとしても、だ。則兵衛は部屋でじっとしてりゃいいだろう。あんただって、部屋が空っぽだったから則兵衛を怪しんで、床下まで掘りおこしたんじゃねえのか。なぜわざわざ疑われる行動をとる?」

「そいつはあんたに訊きてえことだ。爺さんはおれたちに疑われてるなんて知らなかったんだろうから、目立たねえ時分を狙ってここにきたんだろう。なぜだ。どうしてここにくる理由はなんでなんだ?」

「おちつけよ、言葉の並びが変だぜ。そんなに知りたけりゃあ教えてやろう」

 色吉はまたにやりと笑ったが、大次がにやりと笑い返したので笑いを引っ込めた。

「言葉がおかしいのに気をとられて、つい教える、とか言っちまったが、そうだ、確かに則兵衛はここにいるぜ。おまえさんの言ったことも、あてずっぽにしちゃいい出来だ。いい出来だが、いろいろ間違ってるとこもたくさんある。特に致命的なのがふたつ」

「なんでえ、もったいぶんねえで教えてくんな」

「ひとつ、おりんを殺ったのはお良だ」

「なんだと」

「それからもうひとつ、お良を殺したのは則兵衛だ」

 一瞬、色吉は大次の意味するところがわからずぽかんと口を開けた。

「待て待て待て、爺さんが婆さんを殺したって、そんなことあるか。なんで爺さんが婆さんを殺さなきゃならねえ理由がねえだろ」


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