十二
「どうだった?」
色吉は期待に目を輝かせていた。
「だめでした」
「違いやした」
「おいらんとこも違ったぜ」
その夜遅く、いつもの小料理屋で色吉と太助の親分子分は膝を突きあわせていた。
「おめえはどうだ、ま、そんなこと訊いてくるってことは、期待できないけどよ」
実際、色吉はみるみる顔を曇らせていた。
「おれんとこもだ。路地出たとこにお付きの者と駕籠が待っていて、女はすぐに駕籠に乗りこんだ。四ツ谷まで追っかけたが、駕籠を降りたときには頭巾を取っていて、婆さんとは似ても似つかない上品な若奥さんだったよ」
他の三人の顛末も似たり寄ったりだった。しばらくは黙々と食事や酒をした。
「あの大次って奴ぁだいじょうぶなんでしょうね」
根吉がぽつりと言い、色吉がじろりとにらんだ。
「いや、すいやせん、ちょいと言ってみただけなんで」
慌てて引っさげようとするのを制して、
「いや、責めてるんじゃねえんだ、なにか思いついたことがあるなら言ってくれ」
「へえ、あの野郎、邪教徒の集まりの最中、ちいとも顔を見せなかったでやしょう。こっちに合図をよこしたと思うとすぐに引っ込んで、それっきりだ。まさか集会に参加してたんじゃねえかなんて、ちっと思っちまいまして、へへ、ただこっちと係りあいになりたくねえだけかもしれやせんが……」
色吉は黙りこんで、なにやら考えごとを始めた。
太助とその子分たちは、そんな色吉をほうって、ひそひそと雑談をはじめた。
「おいらは昨日からは日本橋の大陣屋を張ってるんだがよ、まあ名前と違ってちっちゃな店だから明日なんもなけりゃもういいかな、と思ってんだ」
「へ、大陣屋ですかい」
卒太が言った。
「おう、知ってる店かい」
「いえ、知ってるってほどでもねえんで。ただ、ここんとこあの則兵衛の爺さんのとこにいろんな人たちがひっきりなしに訪ねてきやしょう。さて、五日ばかりも前だったか、そんななかのひとりがたまたま長屋から出てくるのに行きあわしたもんだから、つけてみたんでさ。いや、あんなオンボロ長屋にふさわしくねえ、粋な、どこぞのおかみさんてな装いだったんで、ついいたずらっ気を起こしやして」
「そいつはいいよ、んで?」
「そのおかみさんの戻っていったのがその大陣屋、ってわけで」
「へえ、花のお江戸も広いようで狭い。偶然ってもんがあるなあ」
「待て、ほんとに偶然か?」
振りかえると色吉が目を血走らせている。
「そもそも、則兵衛の爺さん、まだあんたんとこの長屋に住んでるのか」
「へえ、まだ」
卒太は、なにをあたりまえのことを訊くのか、という顔をしている。
「そうか。おれはまた、あんなことがあったあとだし、畳もなくなっちまったしで、とっくに出てったもんだとばかり決めつけてたぜ」
「ああ、それが色吉親分、あの爺イちかごろは立って歩きまわりやがるんで。なんでも婆さんが死んだ仰天と悲しさでしっかりしなけりゃとしゃんとなったとかほざいてやがるんですが」
「そいつはうかつだった……決めつけはよくねえな……」
「二、三ん日まえからなんざ、とうとうどっかに出かけるようになりやしたぜ」
「なんだと? どのくらいだえ」
「さて、あっしも長屋のおかみさん連中から噂を聞いただけなんで、はっきりしたこた言えやせんが、夕方くらいに一刻ばかりも出かけて、帰ってくる頃には真っ暗だったとか、そんなようでやす」
色吉はまた黙り込んで考えごとを始めたが、すぐにぬっ、と立ちあがり、
「ちいと旦那んとこ、ご隠居に報告にいってくらあ。あんたら、もしここをひきあげたら、卒太さんとこに集まっててくれねえか」
と言いおいて店を出ていった。
羽生宅を出るときには、雨が降っていた。
「はい、色吉さん」
見送りに出てきた留緒が傘を手渡してくれる。
「ありがとうよ。遅くまですまねえな。ところで『おまえさん』てのはもうやめたのか」
「あれは……みんながいたからちょっとふざけてみただけだよ。……二人きりじゃ、恥ずかしくて……」
と、留緒は頬を染めて顔をそらした。
「留緒ちゃん……」
軽い気持ちで訊いたつもりが、思わぬ留緒の態度に色吉はどう応えていいのか困り、言葉につまった。
留緒がまたくるりと色吉のほうを向くと、その顔にはにやにや笑いがへばりついていた。
「なに、なに、そんなに『おまえさん』って呼んでもらいたいの? 呼んでもらいたいんだ。うーん、色吉さんがそこまで言うなら呼んであげないこともないかなー。え、じゃあさ、『おれのことをおまえさんって呼んでくれ』って頼んでみたら? うん、頼んでみなよ。そしたら留緒ちゃんだって――」
「じゃあまた明日な」
色吉は傘を開いて駆けだした。




