十一
それからまた何日か経った晩。
「あいかわらずか」
「あいかわらずだ」
色吉と太助は例によって例の小料理屋にいた。
「そっちはどうだ」
「こっちもそうだ」
「まあ、そのしけた面見りゃ聞かなくてもわかってたけどよ」
「聞かなくてもわかってんなら聞くなよ」
「いやでも聞かなくてもわかってることは聞かなけりゃ聞かなくてもわかってたかどうかわからねえからな」
「なにわけのわかんねえこと言ってやがる」
言い争っているようにも聞こえるが、ふたりの間に緊張感はまったくなく、どちらも首をがっくり、あらぬ方を向いてぼんやりと抑揚もなく平坦にしゃべっていた。要するに事件の調べにまったく進展がなく、だらだらと意味のない会話を続けるほどふたりは疲れていたということだった。
「おめえの言うこと聞いて、とんだ無駄足踏まされたぜ。だいたいからして、人をかくまうとそれが表に漏れだしてくる、つってもよ、婆アをかくまう前と比べねえとわからねえじゃねえか」
「ちぇ、そう言うなよ。御用聞なんざ、無駄足踏むのが仕事みてえなもんだろう。だいたいからしてそもそもだな、おれの頼んだ見張り探りをやってなかったとしてだ、他に婆さんの行方を探る当てでもあったのかよ」
「そりゃだから、あの辺の聞き込みとかよ、その辺の聞き込みとかよ、この辺の聞き込みとかよ、いろいろあらあな」
「根吉と卒太はそっちもやってんだろう、なんかわかったのかよ」
「おう、いろいろわかったぜ」
「なんだ、水くせえな、もったいぶってねえで聞かしてくれよ」
「則兵衛とお良は大家が先代だったころから――ひょっとするともっと前から――住んでて、夜中に念仏を唱えるのはもう誰も知らない前から続いてて、婆さんがいなくなるまえの何か月かは声が周りの長屋から苦情が来るほど大きくなってたことがわかったぜ」
「いやそれ全部まえからわかってただろ。婆さんの行方についてはどうなんだよ」
「み月ほどまえ、おりんが殺されてから行方知れずで、まったく神隠しみたようにかき消えちまった」
「いやそれもわかってたろ。他には?」
「そんだけだ」
「そんだけ?」
「そんだけだ」
「なにもわかってねえじゃねえか」
「なにもわかってねえってことがわかったじゃねえか」
「そんなことわかったってなにも変わらねえだろうが」
「こんなことわかったってなにも変わらねえってことがわかっただろうが」
「ぐぐぐ……この野郎」
だいぶ調子が出てきていたが、ここで色吉はまたがっくりときた。
――また大次にでも相談してみるか。
大次は色吉の顔を見て露骨に嫌な顔をした。
「またあんたか。ここらをうろちょろしてるとこを武佐蔵の親分に見つかったら、まじにしょっ引かれるぜ」
ここは武佐蔵の縄張り馬道の、吾妻橋にほど近い大川沿いの通りだ。
「ちっ、天下の往来を往来してなにが悪いってんだ。だいたいまえから思ってたんだが、こんな寺だらけの界隈が縄張りっての、そもそもおかしくねえか。縄張りってんなら、お寺社様の縄張りだろうに」
「理屈をこねるなよ。ここいらだって町人が住んでないわけじゃねえんだぜ。現にここいら見まわしてみろよ、材木屋だらけだろうが」
「まあとにかく、天下の往来に変わりはねえ。いやこんなこと話してる場合じゃねえんだ、あんたに話があって来たんだ」
「こないだの大工夫婦がやられた話か。行きづまってんだな」
「わかってるなら話が早い、ついちゃあ頼みてえことがある。こんどの邪教の集まりを張りてえ」
「そいつは断ったはずだぜ」
「婆アのいるかどうかもわからない家を張ってたってらちが明かねえ。集会に出てるかもしれねえから、そいつを見張るのが手っ取り早いのよ」
「たいていのやつは出てすぐ頭巾をとるが、そのまま帰るのも何人かはいる。あんたひとりじゃ無理だろう。まさか仲間を連れてくるとは言わねえだろうな」
「わかってるなら話が早え、だいじょうぶだ、おつむは頼りねえが口の堅さは間違いねえのが三人ばかり」
「だめだ」
「へえ、そうかい。ならしかたねえ、旦那に頼んでがさでも入れてもらうとするか。邪教の集会をあげんのに縄張りも釣り針もねえわな。婆アも見つかりゃ一石二鳥ってやつだ」
「てめえ、汚えぞ」
「岡っ引が岡っ引に言う科白じゃねえな」
次の日の夕刻、色吉と太助、根吉、卒太は馬子神社につながる路地の暗がりにひそんでいた。ここからはさびれた参道も見張ることができる。
さきほどから少しずつ、ひとが集まっていた。色吉たちの見張る前、路地で頭巾をかぶるものが多かったが、なかには頭巾をかぶったまま路地に入ってくるものもいた。
「どうだ」
色吉が卒太に訊いた。
「うーん、いや、いねえみてえでやすが……いや、でも、あれ……うーん」
卒太は首をひねる。
「なんだ、どっちなんでえ」
太助がしびれを切らした。
「同じ長屋とはいえ、歩ってる姿をそんな見たことがねえんで、すいやせん」
「まあしかたねえ。たぶんあとひとりふたりは頭巾がくるんじゃねえか。そいつをしっかり見てくんな」
色吉の予想通り、そのあとたしかに一人、路地に入ってきたときから頭巾をかぶっていた女がいた。しかしこれも卒太はお良だかどうだか判別できなかった。
境内にひそんでいた大次が、鳥居の残骸のところまで出てきて、こちらに向かってうなずいた。地下で集会が始まったようだ。あたりはすっかり暗くなっていた。
集まったのは二十人ほど。そのうち最初から頭巾だったものは半分に満たないくらい。さらに背格好がお良と似た女は四人。ちょうど色吉たちと数があうので、出てきたところを手分けしてつけることになった。
小半刻ばかりで、ぞろぞろと邪教の信徒たちが境内から出てきた。ぞろぞろ……といっても続いて出てくるわけではなく、節度を守って、ひとりひとりが距離を保って路地に降りてきて、頭巾をはずすものははずし、そのまま着けているものは着けて、すなわち互いに顔を見ないように気をつけながらその場を去っていくように気をつけているようだった。
さっき目をつけた頭巾女が出てくるたびに、根吉……卒太……太助……色吉……と、そっとあとをつけて、路地から消えていった。




