六
色吉が神田に向かって駆けていると、多大有に追いついた。同心も同じ所へ向かっていたようだ。
ふたりともかなりの早足だ。卒太の長屋に着いたときには、太助と卒太に、根吉も加わって長屋の戸口をくぐるところだった。
「おう、ちょうどいい」
ここは旦那と自分に任せて、親分たちはお良のゆくえを追ってくれ、という話をすると、太助はすぐに同意した。
太助たちが去って、さて長屋に入ろうとしたとき、なかから小者の武佐蔵と検視同心宇井野が出てきた。
「あ、旦那、それに……馬道の親分も。まだいらしたんですかい」
「てめえこそ、まだうろちょろしてやがったのか」
「いえ、いちおう縄張りなんで、うちの旦那を迎いにいってたところなんで」
「ほう、羽生がくるのか。いつ来るのだ」と宇井野が言った。
「ええ、ここに」
色吉が振り返ると、しかしそこに多大有はいなかった。
「あ、いねえ」
「ふん、まあせいぜい勤めよ」
「旦那、なにかわかりやしたか」
「あ?」
宇井野はおまえごときが、という目でじろりと色吉を見た。
「ああ、あの女は死んでるな」
小者と検視役は色吉を押しのけるように長屋を出ていった。チッ、色吉は小さく舌打ちした。
多大有が二、三軒さきの路地から出てきた。
「旦那、隠れてたんですかい、情けねえ。しっかりしとくんなさい」
多大有はどこ吹く風で長屋に入っていった。
ちょうどお良則兵衛の部屋から、人夫が二、三人で戸板と茣蓙を運びだすところだった。
「どこに運びこむんだえ」
「この近くの宝蓮寺だ。ここの連中の菩提寺でね」
戸板に付き添っていた小者が言った。こいつはあの馬道の親分の子分のひとりで、たしか大次とかいった。
「ちいとホトケさんを見してもらっていいか」
「あんたにだけは見せるな、ってきつく言われてる。悪いな」
大次が合図して、戸板はまた動き出した。
「ああ、こりゃ羽生の旦那、ご挨拶が遅れやした、馬道の大次です。ホトケですが、色吉親分には見せるなと言われやしたが、旦那に見せるなとは言われてない。ご覧になってくだせえ」
大次は人夫に戸板を下に降ろさせた。
「親分、旦那のお召し物が汚れるだろう、手伝ってやったらどうだ」
「すまねえ、恩に着るぜ、大次さん」
色吉は茣蓙をめくって女の体をあらためた。
色吉は則兵衛の戸を叩いた。
「ごめんよ、則兵衛さんはいるかえ」
部屋のなかはがらんとしていた。遺体が運びだされたからだけではなく、ほとんどの畳がはがされ、衝立もなくなっていた。いちばん奥に、一畳残って、そのうえの布団に則兵衛が寝ていた。
「則兵衛さん、お休みのところ恐れ入りやす」
色吉が声をかけると、則兵衛はぱっちりと目を開けた。
「お話しできやすか」
「あ……ああ」
しかし則兵衛の目は濁っていた。
「昨日の晩、物音は聞きやしたか」
「あ……ああ」
「なんどきくれえでやしょう」
「あ……ああ」
「そいつはわかるわきゃねえか。どんな音だったでやしょう」
「あ……ああ」
「どたばたと、争うような音で?」
「あ……ああ」
「女の悲鳴はしやした?」
「あ……ああ」
「なにを叫んでやしたか」
「あ……ああ」
「ああ、と」
「あ……ああ」
「お良さんは、どこに行ったんでやしょう?」
「あ……ああ」
「あ……あ……浅草? 青山? 赤坂? 愛宕山? 飛鳥山?」
「あ……ああ」
「そうか、わからねえですか。まさか、あんたがかくまってるとかじゃねえでしょうね」
「あ……ああ」
「どこだろう、床下じゃあねえですよね」
しかし血に汚れた畳を運びだした際に、いちおう床下もあらためた、という話はさっき大次から聞いていた。
「天井裏でも――」と見あげると、天井がそもそもなく、梁などがむき出しだった。「――ねえですね」
則兵衛の目がちらりと開いたように視界の端に映ったが、顔を向けたときにはその目は閉じられていた。そしてもう色吉の話には応じず、ぜえぜえと寝息を立てていた。
「寝ちまいましたか。どうもお邪魔しやして」
色吉は腰をあげると、土間に立っていた羽生とともに引きあげた。
それから大家を訪ね、則兵衛とお良がどこの氏子かを訊いた。
「馬道のウマコ神社というとこ、つうことでした。馬子と書いて『うまこ』と読ませるそうで」




