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色吉捕物帖 三  作者: 真蛸
深夜の聖祝詞
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 色吉が神田に向かって駆けていると、多大有に追いついた。同心も同じ所へ向かっていたようだ。

 ふたりともかなりの早足だ。卒太の長屋に着いたときには、太助と卒太に、根吉も加わって長屋の戸口をくぐるところだった。

「おう、ちょうどいい」

 ここは旦那と自分に任せて、親分たちはお良のゆくえを追ってくれ、という話をすると、太助はすぐに同意した。

 太助たちが去って、さて長屋に入ろうとしたとき、なかから小者の武佐蔵と検視同心宇井野が出てきた。

「あ、旦那、それに……馬道の親分も。まだいらしたんですかい」

「てめえこそ、まだうろちょろしてやがったのか」

「いえ、いちおう縄張りなんで、うちの旦那を迎いにいってたところなんで」

「ほう、羽生がくるのか。いつ来るのだ」と宇井野が言った。

「ええ、ここに」

 色吉が振り返ると、しかしそこに多大有はいなかった。

「あ、いねえ」

「ふん、まあせいぜい勤めよ」

「旦那、なにかわかりやしたか」

「あ?」

 宇井野はおまえごときが、という目でじろりと色吉を見た。

「ああ、あの女は死んでるな」

 小者と検視役は色吉を押しのけるように長屋を出ていった。チッ、色吉は小さく舌打ちした。

 多大有が二、三軒さきの路地から出てきた。

「旦那、隠れてたんですかい、情けねえ。しっかりしとくんなさい」

 多大有はどこ吹く風で長屋に入っていった。

 ちょうどお良則兵衛の部屋から、人夫が二、三人で戸板と茣蓙を運びだすところだった。

「どこに運びこむんだえ」

「この近くの宝蓮寺だ。ここの連中の菩提寺でね」

 戸板に付き添っていた小者が言った。こいつはあの馬道の親分の子分のひとりで、たしか大次だいじとかいった。

「ちいとホトケさんを見してもらっていいか」

「あんたにだけは見せるな、ってきつく言われてる。悪いな」

 大次が合図して、戸板はまた動き出した。

「ああ、こりゃ羽生の旦那、ご挨拶が遅れやした、馬道の大次です。ホトケですが、色吉親分には見せるなと言われやしたが、旦那に見せるなとは言われてない。ご覧になってくだせえ」

 大次は人夫に戸板を下に降ろさせた。

「親分、旦那のお召し物が汚れるだろう、手伝ってやったらどうだ」

「すまねえ、恩に着るぜ、大次さん」

 色吉は茣蓙をめくって女の体をあらためた。


 色吉は則兵衛の戸を叩いた。

「ごめんよ、則兵衛さんはいるかえ」

 部屋のなかはがらんとしていた。遺体が運びだされたからだけではなく、ほとんどの畳がはがされ、衝立もなくなっていた。いちばん奥に、一畳残って、そのうえの布団に則兵衛が寝ていた。

「則兵衛さん、お休みのところ恐れ入りやす」

 色吉が声をかけると、則兵衛はぱっちりと目を開けた。

「お話しできやすか」

「あ……ああ」

 しかし則兵衛の目は濁っていた。

「昨日の晩、物音は聞きやしたか」

「あ……ああ」

「なんどきくれえでやしょう」

「あ……ああ」

「そいつはわかるわきゃねえか。どんな音だったでやしょう」

「あ……ああ」

「どたばたと、争うような音で?」

「あ……ああ」

「女の悲鳴はしやした?」

「あ……ああ」

「なにを叫んでやしたか」

「あ……ああ」

「ああ、と」

「あ……ああ」

「お良さんは、どこに行ったんでやしょう?」

「あ……ああ」

「あ……あ……浅草? 青山? 赤坂? 愛宕山? 飛鳥山?」

「あ……ああ」

「そうか、わからねえですか。まさか、あんたがかくまってるとかじゃねえでしょうね」

「あ……ああ」

「どこだろう、床下じゃあねえですよね」

 しかし血に汚れた畳を運びだした際に、いちおう床下もあらためた、という話はさっき大次から聞いていた。

「天井裏でも――」と見あげると、天井がそもそもなく、梁などがむき出しだった。「――ねえですね」

 則兵衛の目がちらりと開いたように視界の端に映ったが、顔を向けたときにはその目は閉じられていた。そしてもう色吉の話には応じず、ぜえぜえと寝息を立てていた。

「寝ちまいましたか。どうもお邪魔しやして」

 色吉は腰をあげると、土間に立っていた羽生とともに引きあげた。

 それから大家を訪ね、則兵衛とお良がどこの氏子かを訊いた。

「馬道のウマコ神社というとこ、つうことでした。馬子と書いて『うまこ』と読ませるそうで」


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