七
あのなんとかいう親分に出くわさなければいいが、と思いつつ馬道に向かっていると、
「おう金助町の、てめえ人の縄張りをなにうろちょろしてやがる」
柳橋を渡ったとたん武佐蔵に見つかった。
「いや、町廻りのお供でやして」
色吉は軽く顔を傾け、背後の羽生を示した。そこで初めて気がついたのか、武佐蔵はぎょっとした顔になった。多大有の異形はかなり目立つはずなのだが、ときどきこういうことがある。
「ちっ、見廻りだけだろうな、よけいな聞き込みなんざするんじゃねえぞ」
武佐蔵はそう言うと、そそくさと去っていった。陰では羽生のことを木偶の棒だの町廻り双六だのと莫迦にしているが、宇井野がいないと弱気なものだ。
そこから馬道まで歩きながら、道ゆく人に何人か尋ねてみたが、馬子神社は見つからなかった。そもそもここいらは浅草寺を中心として寺院だらけだ。小さなお稲荷様ですら遠慮をしているのかそうそう見当たらない。
「色吉の親分じゃあねえか」
行き暮れて往来で腕を組んでいた色吉にそう声をかけてきたのは大次だった。羽生に頭をさげる。
「よう、大次さんか。さっきはありがとよ。なにやってるんでぇこんなとこで」
「そりゃこっちの科白だ。おれの縄張りだぜ、ここいらは」
「おれは見ての通り、町廻りのお供だ。ところで、いいところで会ったぜ。このへんで馬子神社って神社、あんた知らねえか」
大次の目が光ったような気がした。
「馬子神社ならこの近くだが、あんたら、なんの用だ」
「知ってるのか、ありがてえ。なに、そこの氏子の爺さんに、病魔退散のお守りをもらってきてくれと頼まれてよ」
また縄張り荒らしだと思われてはかなわないので――いや、実際縄張り荒らしだったのだが――色吉は適当なことを言った。
「ふうん」
大次はじろじろと胡散くさげな眼で色吉を見た。
「まあいいや、案内してやらあ、ついてきな」
狭く寂しげな路地にはいり、昼なお暗い袋小路の先に朽ち果てて天が崩れてしまった鳥居があり、その奥に参道が続いていた。
色吉はぐるりと見まわしながら、大次に続いて鳥居――の残骸――をくぐった。
小ぢんまりとした神社で、参道もそこそこ、建物は拝殿と本殿を兼ねたような社殿があるだけだ。
大次は拝殿に腰掛けると、「見ての通り、廃神社だ。あんた、どこでお守りを手に入れるつもりだったんだい」と言った。
大次の背後の襖も朽ちていて、その向こうに二十畳ばかりの本殿が、薄暗いなかうかがえた。
「あ、いや、爺さんに一杯喰わされたかな」
「フフ、その爺さんてのは生きてんだろうな。まさかこれとかよ」
大次は両手を手首のところからだらりとさげて、亡霊の形にかざした。
「いや、よしてくんなよ」
色吉はぶるぶると首をすくめた。
「まあ、年寄りだから、最後に来たのがかなりまえだったんだろう」
と言って、色吉はごまかした。
「あんた、その年寄りってなあ、あの屍人の横で寝てた、なんとかいう爺さんのことだろう」
「……」
「ここが廃神社になってもう百年がとこ経つんだぜ。ここの氏子だった、てのも怪しいもんだ」
「……じゃあ、ここはあの爺さん婆さんの氏神ではないってことかえ」
「さて、そんなこと、なぜおれが知ってる」
「馬道の親分は、氏神や菩提寺を調べてねえのかえ」
「ないよ。なぜそんな必要がある?」
「逃げた婆さんのゆくえを追う手掛かりになるかもしれねえ」
「武佐蔵親分は婆さんなんぞ追っちゃいない。縄張り違いだからな」
「ああ、そりゃあそうか。さっき現場から追いだされたから勘違いしたぜ」
「とにかくここにゃあなにもねえ。あんたもうちの親分に見つかるまえに退散した方がいいぜ」
「もう出くわしたぜ。自分の事件追って天下の往来を行くのにケチつけられてたまるかい」
ついさっきは町廻りのお供だといってごまかしたくせに、色吉は強気に言った。
「あ、そういやあんたの旦那はどこに行ったんだ」
大次が、落ち着いた男に似合わぬすっとんきょうな声を出した。
色吉も振り返り、背後にいるとばかり思っていた羽生がいないことに初めて気がついた。
大次のほうが先に羽生を見つけ、駆け寄った。
「旦那、困りますぜ。いくら廃拝殿だからって御上のものが荒らしちまうのはまずい、おれがあとでしかられちまう」
多大有はいつのまにか拝殿にあがり込んで、その中央のあたりに突っ立っていた。
昼なお薄暗いなか目を凝らしてみると、そこは畳敷きだったが、建物のさびれている割には小綺麗だった。だれか信心深いものが掃除にでも通っているのだろうか。
羽生はおとなしく大次に追い立てられて拝殿を降りた。
「さあ、これでもう気が済んだろう、帰ってくんな」
大次に急き立てられ、多大有と色吉はひきあげた。




