八
その夜。色吉と太助は柳原堤下の小料理屋桐里で飯を食いながら話していた。
「大次に追い払われたあと、旦那は見廻りに戻っちまったから、おれ独りでしばらくうろついてはみたんだがよ、他に馬子神社はなかった。近い名前のも見つからなかった。そっちはなんかわかったかえ」
「卒太と根吉と、手分けして近所をあたってみたけど、婆さんを見かけたってやつはめっかんなかった」
「逃げたのは夜中だったからここいらの連中が見ることはなかった、てことじゃないかな。そうすると火の用心の番太郎はどうだろう」
「あした当たってみるぜ」
色吉のほうは、次の日の昼間も羽生多大有の町廻りの供についた。
日のあるうちは日本橋から神田あたりをぶらぶらとし、そろそろ黄昏てこようかというころになって、羽生は向両国から北へ向かい、吾妻橋を渡って馬道に出た。
「なるほど薄暗けりゃあの馬道のや大次に見つかりにくいってわけだ」
案の定、羽生は昨日大次が馬子神社だといって案内した廃拝殿を訪れた。雪駄を脱ぎ、ずかずかと畳敷きにあがりこむ。色吉も草鞋を脱いで、習い癖でそれを懐にしまった。
色吉が横で見ていると、多大有は部屋の中央当たり――ちょうど昨日と同じところに立った。そこで、どん、と強く床を踏み鳴らす。すると、びいん、と音をたてて畳が斜めに跳ねあがった。
羽生の姿が消えたので、あわてて色吉が駆け寄ると、そこに開いた穴からひんやりとかび臭い風が顔をなでた。奥は暗くてよく見えないが、階段が地下まで続いているようだ。
恐る恐る足を降ろすと、ひんやりと冷たい。暗くて狭いのは苦手だが、旦那がいるからなんとかなるだろう。小葛籠から油と小さな提灯、火打ち金と石を取りだして火のしたくをすると、意を決して階段を降りていく。
暗いなかを恐る恐る進んだせいか、あるいは階段が予想していたよりも長く続いたせいか、思いのほか時間がかかって降りきったところで顔をあげると不気味な人型が立っていたので色吉は驚いて腰を抜かしそうになった。
「なんだ、旦那か、驚かさないでくださいよ」
勝手に驚いたくせにそんなことを言うが、羽生はもちろんどこ吹く風と、意外に広いふうの地下のその空間をながめわたしている。
地下の空間は、あきらかにうえの拝殿よりも広かった。天井まで三間ほどもありそうだった。床も壁も天井も見る限り石か岩でできている。壁も天井も、あるていど自然のままなのかでこぼこしていたが、床はまだ平らにならしてあり、茣蓙が敷いてあった。
奥に祭壇らしきものがあり、色吉は息を飲んだ。丸太で十字を組んだものが立っていたのだ。
「こいつぁ」
隠れ切支丹か。神社の地下に切支丹の拝殿があるとは、凝った真似をしたものだ。
壁の様子などから、この室はずいぶんと年代を経たもののようだ。ひょっとするとうえの神社が廃れるまえからあったくらいかもしれない。神社が寂れてからうまい場所を見つけたのか。あるいはまさか、地下の南蛮寺を隠すために、お社を偽装にしていたのか。
祭壇の近くに西洋風の卓があり、西洋風の本が何冊か立てかけてあった。色吉は一冊取りあげてパラパラとめくってみたが、南蛮文字で書いてあったからとうぜん読めなかった。
あらためて祭壇を見ると、妙な違和感があった。もちろん切支丹の祭壇など見たことはないのだから、そんなものを感じるのはおかしいかもしれないが、しかしのその十字架は、素人目にもいささかいびつすぎた。
立てた丸太に交差して腕木を組んでいるのだが、それが上のほうでなく真ん中より下気味に、しかも直角にならず斜めになってしまっているのだ。おまけに左右に突きだした長さがそろっていない。
年月を経て劣化した結果なのか、初めからしょせんは素人細工だったのか、それは色吉にはわからないが、妙なことは確かだった。
ふと気がつくと、旦那がいつのまにかいなくなっていた。
「あ、ひでえ」
しかも入ってきた畳の跳ねあげまで閉ざされていた。
色吉は石段をあがって、跳ねあげ戸の底部に手をついた。なかからどうやってあけるのかはわからない。軽く押してみたが、持ちあがらなかった。ちょっと力を凝らしてもびくともしない。
しかし戸からは紐がぶらさがっていて、これは閉じるのに使うのだろうから、なかから開けることもできるはずだ。灯りをかざして戸の周辺を調べてみたが他に特に変わったところはなかった。
色吉は、さっき旦那が足踏みしたことを思い出し、紐を下に引っ張ってみた。……ところ、戸がポンと跳ねあがった。
開いたことに安心して、紐を引いて戸を閉じた。もいちど紐をぐいと引くと、ちゃんとまた開いた。
色吉は満足して、そこを出ようと顔を穴から覗かせたそのとき。
「×巛6◆ζPÅ▼@ρ……」
怪しげな呪文のような低く流れる声とともに、どこかからかぼんやりと明かりが近づいてくる感じがした。
いつのまにか、外はもうすっかり日が落ちていたのだ。




