四
早朝、八丁堀の羽生邸に向かう色吉が八辻が原から鍛冶町のほうへ抜けようとしたとき、血相を変えた卒太が向こうから駆けてきた。
「どうしたえ」
色吉にもたれかからんばかりになって肩で息をしている卒太が、息切れしながらなんとか伝えたことには。
お良がとうとう人を殺めたと。
それだけ聞くと色吉は卒太を置いて駆けだした。振り返って、
「旦那んとこにひとっ走り、事情を伝えてくれ」と言いおいた。
卒太の長屋では、おもてに人だかりができていた。かきわけてなかへ入り、お良則兵衛の住戸にいくと、
「おう、金助町の。早かったな」
さすがに近所だけあって、太助がいた。すでに戸口あたりからいやな臭気はあったが、太助が体をどけるとそれはよりいっそう色吉の鼻を刺した。すっかりなじみになった――いやななじみだが――血の臭いだった。
赤黒く盛大に散った血のなかに白い肌の女が仰向けに倒れていた。首をのけぞらせているので顔は見えないが、やや太り肉の体は若い女のそれだった。着物のまえを大きくはだけ、むきだしの胸のあたりが特に朱に染まっているのは、大きく引き裂かれているからだった。
色吉たちは畳のうえにあがりこんだ。やけに蠅が飛んでいる。
土間の外には大家もいた。
「親分さんら、よく平気ですなあ。わたしなんざさっきそこで戻しちまって、二度と見る気になりません。さすが、御用筋の親分がたともなると違いますなあ」
と、やや体をひき気味に言った。他の住民たちがさらに遠巻きにしている。
「大家によると、この長屋のご新造さんで、おりんさんというそうだ」
太助が色吉に説明する。
遺骸に顔を近づけ、胸の裂け目に手をつっこんでみた。すると女ののどがぐげえ、と鳴いた。
「ひぃ」「ひえぇ」
色吉と、反対側から顔を近づけていた太助が同時に情けない声をあげてのけぞった。血だまりに尻餅をついたおかげで、ふたりとも衣服が血塗れになった。
「い、生きてんのかよ」
「そんなわけないだろ」
「じゃなんでしゃべったんだ」
「しゃべったんじゃねえ、おれが胸に手をつっこんだもんだから、たまってた空気が押し出されて、のどが鳴っただけだ」
「んなことわかってんなら、そこまでびびるこたねえだろう。おいらまでつられちまったじゃねえか」
「あんたがのけぞりかえったからおれがつられたんじゃねえか」
大家があきれて見ているところに、うしろから声がかかった。
「どいたどいた、ご検視役様のお通りだ、じゃまだじゃまだ」
小者が十手を振り回しながら同心の先導をしてきた。
「あ、またてめえらか」
検死役人の宇井野と、その手先の武佐蔵だった。
「毎度まいど、縄張り違いんとこ出張ってきやがって」
「いや、ここ、おいらの縄張りですぜ」と太助。
「んなこたあどうでもいい、じゃまだ、おまえらは帰れ」
「ひでえ」
「うわ、おい」
色吉が声をあげた。武佐蔵と太助が話しているあいだに、衝立のうしろを覗きこんでいたのだ。
「金助町の、おめえも帰るんだよ、ご検視のじゃまだ」
武佐蔵は土足のままあがりこんだ。
「おい、生きてるか」
衝立の陰で色吉の声がする。
「おう、どうなってるんでえ」
武佐蔵まで驚いた声を出しているので、太助も立ちあがって覗いてみる。
爺さん――則兵衛が煎餅布団で寝ていた。色吉がその肩をゆすっている。
則兵衛が目を開け、
「どうされましたかの」
とのんきなことを言った。




