-91- 流行(はや)り言葉
とある会場では賑やかな[今年の流行語大賞]が発表されていた。杉枝はその中継をテレビで観ながら、もう今年も終わりだな…と、欠伸をしながら短い一年を思った。リモコンを押し、チャンネルを変えると、国会の委員会中継が、これも賑やかな響きで中継されていた。
『御党は…』
んっ? 本当は? 本当も何もあるかっ! 本当に決まってるだろうが…と、耳にした瞬間、杉枝は思った。議員が御党と発言したことが分かったのは中継が終わってからだった。新聞の記事に委員会の質問と答弁の重要部分が抜粋で掲載されていた。御党か…これも流行り言葉だな…と、杉枝はつまらなく思った。杉枝は居間を立つと盆栽に水を…と、庭へ出た。買物帰りの妻の梢が、連れ立って戻った近所の松林とペチャクチャと、雀のように賑やかに話し合っていた。賑やかだな…と、杉枝はその闊達さに舌を巻いた。盆栽に水をやっていると、「そうそう、アレねぇ~」と声がきた。そして梢が、「アレしかないわよ、絶対にアレ!」と返した。杉枝は流行り言葉のような[アレ]が何なのか気になりだした。とはいえ、「アレってなんですか?」と、二人の会話に割り込むのも気が引ける。まあ、あとからでもいいか…と、消えない好奇心をグッ! と抑え、杉枝は家へ入った。幸い、家の中まで二人の話し声は聞こえなかった。杉枝は、ホッ! とした。ただ、好奇心は益々、募り、梢が早く家へ入らないか…と、心だけが焦った。
「おいっ! アレってなんなんだっ!」
梢が家の玄関へ入るや、杉枝は叫ぶように言った。
「アレ? ああ、アレ。アレはアレよ」
梢は自分の頭の髪の毛を指さした。杉枝は意味が分からず、キョトンとした。
「どういうことだっ?!」
「馬鹿な人ねぇ。そんなムキになることないじゃない。スーパーの並木さんよっ!」
「スーパーの並木さんが、どうしたっ!」
「だからっ! スーパーの並木さんのコレよっ」
梢はまた頭の髪の毛を指さした。
「コレ?」
「まだ分からない? 禿げ隠しの鬘じゃないかって話よ」
「… 鬘か? 並木さん」
「どうもね…。前のめりに身体がなったとき、頭が動いたから。おとなりの樫岡さんの奥さんも見てたんだから…」
杉枝は、この町の流行り言葉は[アレ]だな…と漠然と思った。
流行り言葉が特定の範囲内で流通しているということは、よくある。
完




