-46- 負ける人
世の中には勝とうとしない人が勝つことがよくある。
「なんだ…当たっていたのか」
鹿島は、そう呟きながら、競馬の当たり馬券をシゲシゲと眺めた。年末に会社の友人、猪田に誘われ、嫌々(いやいや)買ったただ1枚の重賞レースが、ピタリ! と当たっていたのだ。当たった鹿島には喜びも何もない。ただ当たったか…くらいの軽い気持だった。右隣りのデスクに座る猪田の方が浮かれていて、さも自分が当たったような、はしゃぎようである。
「いやぁ~! 凄いな、お前。初めて買ったんだろ?」
「んっ? いや、まあな…」
鹿島は、照れて暈した。そこへ左隣りの蝶崎が顔を出した。
「次も頼むよ。乗るからさぁ~」
蝶崎にそう言われ、負けたつもりで買った馬券が的中した当の鹿島はテンションを下げた。この一回きり! という気分で僅かな小遣いを使ったからだ。もう、こりごりだった。鹿島は、ほうほうの態で二人に断ると、トイレへと遁走した。トイレに慌てて入ろうとしたものだから、出ようとした課長の札花と出会い頭にぶつかった。
「なんだ君はっ!」
「すみませんっ!」
まあ、こういう場合、上司、ぶつかったのが自分・・という状況で誰もが謝るのが普通である。ところが鹿島の場合は謝る+負けるの気持だったから、入口廊下のフロアにひれ伏し、脇目も振らず土下座したのである。
「き、君。そこまで、しなくても…」
廊下を歩く社員達は、何があったのか? と訝しげに通り過ぎていく。
「そ、それじゃ私が、まるで君を苛めているみたいじやないかっ! やめたまえっ!」
札花は顔では笑いながら、声で怒った。世の中では、何がどうなるか分からない。部長昇任の噂が立っていた札花は、会社評判の悪化を恐れ、鹿島を食事に誘った。それも課内の職務中に大っぴらだった。当然、課内から風評は社内全体へと広がっていった。その後も札花は鹿島を何かと課内で重用し、噂どおり部長に昇任した。時を同じくして、どういう訳か鹿島も係長に抜擢された。負けるが勝ち・・とはよく言われるが、そういうことは、確かによくある。
完




