5 動きだしたら止まらない
「エリオ?」
「あ……」
疲れた顔の彼は、大きなカバンを抱えてしょんぼりしている。どうやら、交渉は上手くいなかったようだ。彼が私の補佐をしてくれていた頃には完全に各種ルートが確立されていたから、彼は売り込みに来たものについて精査することしかしたことがない。自分から売り込む時のちょっとした言い回しなどを知らないのだろう。物が良ければ受け入れてもらえるわけではない、ということを分わかっていない。案の定、大きな特徴のない装飾品は歯牙にもかけられなかったようだ。
「残念だったわね」
「コスタさんからの紹介ということと、一度実物を見てもらえたら物の良さはわかってもらえるだろうと、交渉は意外と簡単にいくんじゃないかと思っていたんですが」
甘かったです、と挫折を覚えたような顔の彼を見ていると小さい頃のことを思い出してしまう。そんなに落ち込まないで、と無意識に頭を撫でてしまっていた。エリオはパッと顔を上げて、頬を染める。
「コ、スタさん……」
「あら、ごめんなさい。つい」
「いえ、あなたの手は気持ち良いので、その、俺は構わないんですけども」
もごもご言ったエリオはカバンを抱え直す。その拍子に彼のおなかがグゥと鳴る。また顔を赤くしたエリオは「す。すみません……朝から緊張してなにも食べられていなかったので、その」と言い訳を始める。
「私もまだお昼を食べていないの。どうせなら一緒に食べない?」
「良いんですか?!」
一気に元気になった彼に、おなかが空いていると調子出ないものね、と思いながらどこで何を食べようかと考え始める。そこでふと、思いつく。
「あ、ねえエリオ。今ワインも持ってるの?」
「はい、午後になったら商業ギルドの取引所に行こうかと思っていたので、いくつか持って来ています」
「だったらちょうどいいわ。昨日の店に行きましょ」
「今、お昼時ですが、酒場はもうやっているんですか?」
「お昼はお昼で営業しているのよ。ついでに話を進めてしまいましょう」
「……話?」
きょとんとしているエリオを引き連れて、昨夜訪れた酒場に向かう。そこは夜とは一味ちがった明るい雰囲気で、店の外にもパラソルで日陰の作られているテーブル席が出来ていた。
基本的に地元の人が多い夜と違って、昼間は各地・各国から来た商人たちが腹を満たすために使っている。つまりこのお店、昼間は地元の料理以外も提供しているのだ。
「マスター、カウンター良いかしら?」
「どうぞ」
エリオを数秒じっと見たマスターは、空いていたいつもの隅の席を指すが、私たちは彼の真ん前を陣取る。どうした、と視線で尋ねてくるマスターに、にこりと笑いかける。
「まずは、そうね。おなかが空いているから、お昼をいただこうかしら。鴨の煮込みをお願いするわ」
「そっちのお兄さんは?」
「あ、彼女と同じものをお願いします」
もうお昼の営業は終わりかけの時間で、店内は満員と言うほどでもない。あっという間に出てきたお皿を前に、マスターに尋ねる。
「お酒の持ち込みは出来たわよね」
「昼から飲むのかい」
「ふふっ、この煮込みにピッタリのワインを持ってるの。マスターもちょっと試してくれると嬉しいわ」
ほら、とエリオの脇をつつくと、彼はハッとしたような顔で私を見る。すぐに理解したようでカバンの中から数本の赤ワインを取り出してきた。その中でもこってりとした鴨の煮込み似合うのはコレだ。鴨の脂の甘さをリセットしてくれる酸味があって、ベリー系の香りがして、煮込みに使われているハーブと相性の良いちょっとスパイシーで、渋みが強すぎないもの。
特産品になりそうなものについては、私がいた頃に出回っていたもの、職人たちが自ら売り込んできたものに関しては全部覚えている。お酒を飲める年齢になってからは、ワインや蒸留酒もあれこれと試したから、ラベルを見ただけで味も思いだせた。
「んー♡ やっぱり美味しいわ!」
「本当だ。とても合いますね」
試してみて、とマスターにもボトルを差し出す。煮込みとワインの相性を試したマスターは、低く唸る。
「なるほど……これはなかなか」
「ね、合うでしょう?」
軽く1杯だけ自分とエリオの分をグラスに注いで、後はマスターに渡す。
「これ、彼の領地の特産品なの。これから私のお店で扱おうと思うのだけど、今仕入れを約束してくれるなら、安くするわよ」
「……検討してみる」
などという話をしている間に、店内からは客が減っていく。それを確認して、私はエリオの持っていたワインをカウンターにずらりと並べた。そして、それぞれのお酒に合いそうな料理を選んでいく。魚料理に合うもの、癖の強いチーズに合うもの、香辛料を多用した料理に合うもの。うまい具合にエリオが選んで持って来てくれていたおかげで、お昼の時間に提供されている各国の料理に合うワインがちょうどあった。
異国の料理と領地のワインがこんなに合うとは思っていなかったのだろう。エリオはお目を丸くして、美味しい! と料理とワインに舌鼓を打っている。そんな彼を微笑ましく思いながら、唸っているマスターに声をかける。
「マスター、物は相談なのだけど、明日の夜このお店を貸し切りに出来ないかしら」
「随分と急だな」
「このワインをいろんな商人に振舞いたいの。マスターの絶品料理と一緒にね。料理代や貸し切りにする代金は私が全部持つわ」
「コスタさん、そこまでしていただくわけには」
自分も負担する、と言い出すエリオに「あら、独占契約してもらえるなら、これくらいは安いものよ」と笑いかけ、マスターには明日の夜の貸し切りの予約を受け付けてもらう。その後は、それなりに箔のつくような服装に着替え、エリオにもそれなりの格好をさせてから商業ギルドに向かった。天井の高い取引所には、様々な国の言葉が飛び交っている。その中でも、特にまだ各種のルートを確立できていないだろう若手の商人をターゲットに、声をかけていく。明日の夜、あの酒場でワインの試飲会をやるから来てくれないか、という誘いに、彼らは頷いてくれた。マスターの店はどうやら商人たちにも手頃な値段で美味しい地元の料理を食べさせてくれる、かつ安全な店として有名だったようで、料金はすべてこちら持ちと言えばかなり食いつきは良かった。
「さあ、ワインに関しての仕込みは、あなたの礼装さえ用意すれば完璧だわ」
あっという間に進んでいく話に目を白黒させているエリオは、額を押さえる。
「さすがコスタさん……俺一人では、こんな風にいろんな商人に声をかけることは出来ませんでした」
「元々私が顔見知りだった商人にも声をかけているんだもの。それなりに信用関係があるのだから、ゼロから始めるよりも勝算は高いというものよ」
「やっぱりあなたは凄いです」
「そんなことないわよ」
一応何があっても良いように、とそれなりの服を持って来ているというエリオに、明日はそれを着てくるように指示をして、ついでに彼を伝書魔道鳥屋へ連れていく。少し酔っているのかぼうっとしているエリオに、アクセサリーの細工職人、できれば若い人に連絡を取るように伝える。
「若い職人ですか? 熟練ではなく?」
「熟練の人でも、先進的な人なら構わないわ。できれば、熟練の技術を持っている人と、なんにでも興味を示してくれる人の組み合わせだとだけれども……心当たりはある?」
私の中にもなんとなく覚えはあるが、今も彼らが領主と取引をしているかどうかはわからない。エリオの記憶頼りにすると、運の良いことに私も思い浮かべていた工房の名前が挙がってきた。
「そことまだ取引があるのね!」
「ええ、ピエトラ工房に連絡をしますか?」
「急な話で申し訳ないけれども、4日後の午前中にはこちらに来てほしいの。来てすぐに、私の馴染みの作業所を借りて、石をはめ込んだネックレスとブローチをいくつか作ってほしくて」
「……急ですね」
「思い立ったら、すぐに動かなきゃチャンスを逃してしまうでしょう?」
私が言い出したことの何割くらいを理解していたのかはわからないが、エリオはすぐにピエトラ工房へ向けて伝書魔道鳥を飛ばした。こちらへ来るための旅費はエリオ支払いということにして、一番早く来られる方法で来てくれ、と依頼する。
「さあ、ぼうっとしている時間はないわよ」
「相変わらずですね、コスタさん。一見おとなしそうに見えるのに、これと思いついたらすぐに動き出してしまうんですから。巻き込まれる方は大変なんですよ」
「あら、私がこういう性格だってことは知っていたでしょう?」
はにかむような顔をしたエリオと、翌日の夜酒場で会うことを約束した私は、まだ足りていないパーツを埋めるためにあちこち奔走したのだった。




