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4 領地で起きている問題、と、続くエリオの求婚

 一瞬、酒場の中の音がすべて消え去ってしまったような感覚に陥った。私の顔は、引き攣っていたのか、それとも真顔だったのかはわからない。え? と小さく返した自分の声が耳の中で反響する。


「ごめんなさい、なにか聞き間違えたみたい。今、なんて言ったの?」

「結婚してください」

「……ごめんなさい、やっぱりちゃんと聞き取れないわ、酔っているみたい」

「コスタさん、聞こえてますよね?」


 握られたままの左手をぐいっと引っ張られ、彼の胸に抱かれそうになる。慌ててカウンターに手をついて踏ん張り、なんとか触れることを防ぐ。


「冗談でしょう? 再会してすぐにこれは、あまりにも悪い冗談だわ」

「本気です」

「な……だってあなた、婚約してたじゃない!」


 何を言っているの、と返せば、エリオは片眉を上げる。


「侯爵家のご令嬢はどうしたの? あなたの将来が安泰になったから、という理由で私は――」

「あのお嬢さんなら、半年ほど前に俺よりも顔が良くて聞き分けの良い男を見つけたとかで、あっさり婚約解消されました。当然、俺に悪いところがあったわけではない一方的なものですから、違約金を山ほど払ってくれましたよ。だから、両親も婚約解消になることについて、長くゴネることもありませんでした」


 多分、金策に苦しんでいたところにとんでもない額の金を積まれて目が眩んだのだろう。想像に難くない話で、頭が痛くなる。ディエゴは、どうしてああも目先のことしか見えていないのだろうか。


「元々、彼女にとって重要なのは、連れ歩いて自慢になる見た目が良い男でしたから。外見で負けてしまえば、俺には価値なんてないんです」

「何を言っているの。あなたの価値は顔だけじゃないわよ。もったいないことをしたわね、そのお嬢さん」

「そう言ってくれるのは、コスタさんだけです」


 言わないだけで、屋敷の使用人たちはみんなそう思っていたと思うけど……と呟いた私に、まだ手を握ったままのエリオは熱っぽい目を向けてくる。そのような視線を向けられることに免疫のない私は面食らってしまって、素早い瞬きを繰り返した。


「あなたが今現在独身だということは知っています。もしも今、特定の相手がいないということでしたら、俺と――」

「だから、どうしてそういう話になるの? とにかく、一度落ち着きましょう、お互いに」


 そう言って手を離させ、少し椅子の位置をずらして距離を取る。ちゃんと説明をしてちょうだいとお願いすると、エリオは深く溜息をついた。


「コスタさんが領地を去った後、しばらくはあなたのやり方を踏襲して問題なく回っていました。俺の婚約話も、あちらから是非にと持ち掛けられた話で、可愛い娘の為に侯爵家はかなりの投資をしてくれていたので、資金繰りに苦しむことも、そうはありませんでした。しかし、半年前に破談になったことで、援助はすべてなくなってしまって」

「あら? 違約金があるんじゃないの?」

「あの父が、自分たちに支払われた、という名目のそれを、領地運営に回すと思いますか?」

「……まあ、多くは自分の為に使うでしょうね」


 聞くまでもなかった、と溜息をついた私と、エリオの重々しく吐かれた息の音が重なる。こめかみに指を当てながら、エリオはもう一度深く息を吸って、吐いた。


「一番の問題は鉱山です。まだある程度は採掘できるはずだったのですが、想像していたよりも枯渇が早くて……今や金も銀も採掘量を大きく減らしています。最大の資源を失いつつある中で、父は代わりになるものを探そうとしていたのですが、どれも上手くいかず」


 鉱山の恩恵で潤っていた領地でそれらの割合が減るとなると、大打撃だろう。具体的に何があったのかを聞きだせば、産出量が減っているという報告は上がっていたのに、ディエゴは「またすぐ新しい鉱脈が見つかる」と、エリオが何度苦言を呈しても贅沢な生活を改めることはしなかったようだ。新鉱脈を探すための探掘費用と領主が生活を改めないため、領地の金庫は寂しくなるばかり。


「思ったように新鉱脈が見つからずに、父も焦ったのだと思います。地下深く掘り進めた結果、地下水脈に行き当たってしまいました。そのせいで内部に水が溜まってしまって」


 そのせいで、2ヶ月ほど前からほぼ鉱物資源は入手できない状況になっている。とはいえ、坑内から水を抜くための魔道具も存在するので、手の打ちようがないわけではない。しかし、水抜きのための魔道具は使用に特殊な技術を必要とするから、合わせて専門職の技術屋を雇わなければいけない。ここで、問題が起きた。


「……それが、その……技術を持っていた方々が、とても若くて」

「? それがどうしたの?」


 エリオから詳細を聞いた私は、もう溜息をつくことしかできなかった。何も考えていないように見えて、しっかりと古い貴族の価値観で育っているディエゴは、歴史のある商会ならともかく新興の商人たちを頼ることを渋ったのだという。しかも相手が息子とそう変わらない年齢の青年だったということで頑なになってしまったようだ。技術の有無や信用のおける人物かどうかは年齢や経歴だけではないと思うのだけど、古くからの貴族にはその辺りの価値観の切り替えは難しかったのだろう。


「結局、今掘れる範囲で出てくるのはこのようなものばかりで」


 エリオが出して来たのは、クオーツだった。価値のある宝飾品にはならない色とりどりな鉱石をカウンターに置いた彼は、頭を抱えた。


「鑑定してもらったのですが、やはり宝飾品として使えるような品質ではありませんでした。このままでは、あの父であっても税収を上げようとするかもしれません。無茶なことを言い出して領民を苦しめたら……反発が起きるのではないかと思うと」


 胃が痛い、とエリオはおなかを押さえる。


「だから、言ったんです。父上はもう十分に領地を治められたので、これからは母との蜜月を過ごすことにしてはどうか、と」


 つまり、引退勧告をした、ということだ。十分に治めた、とは言うが、代替わりしてからまだ5年も経っていないのではないだろうか。だがそんな父親に対して、さっさと引退して自分に家督を譲れ、とエリオは言ったようだった。


「思い切ったことを言ったわね」

「現状、すべての決定権は父にありますが、実質的に取り仕切っているのは俺です。コスタさんが抜けた後、仕事を全部引き継ぎましたから」


 ご苦労様、と苦笑い混じりに言えば、彼はまた溜息を吐く。


「父としては、引退することは構わないようです。侯爵家から貰った違約金もありますから、自分たちの生活は問題なく送れるでしょうし、面倒な領民の訴えを聞く必要もなくなるので。ただ、慣習的に現当主が健在の場合、独り身の人間に後を継がせることは難しいらしいので、せめて婚約くらいはしろ、と」

「確かに、家庭を持って初めて一人前の責任ある大人……という価値観はまだ根深くあるわね」

「更に、俺は表向き父の実子ではなく養子ということになっています。実施に比べたらやはり立場は弱くなります。早く妻を迎えて足場を固めろ、と学生時代の友人からも何度も言われています」


 なるほどね、と頷きかけてからハッとして「だったら私は一番ないでしょう!」という言葉が出た。


「私、あなたの父親の、元妻よ? そんな人間と結婚なんて、許されるはずがないじゃない」

「俺とコスタさんの間に、血の繋がりはありません。問題ないです」


 エリオはにっこり微笑んで言う。血の繋がりはないかもしれないが、2代に渡って同じ女を娶るなんて話は聞いたことがない。


「世間体とかあるでしょう」

「あの父は、あなたを夜会に連れていくことはほぼなかったはずです。顔は割れてないのですから、俺の妻として連れ歩いても大丈夫だと思います」

「問題しかないわ! 第一、領民は私を現伯爵の元妻だと知っているじゃない。どう考えてもダメ。無理よ」

「だから、俺とあなたの間に血の繋がりはないと皆知っていますよね」


 話が通じない。そういう問題じゃないのよ、と言う私に、エリオはぐいっと身を寄せてきた。


「あの父に任せていたら、そう遠くない時期に領民の生活は苦しくなってしまうでしょう。俺は、それを止めたいのです」

「だったら、結婚という形じゃなくてもお手伝いは出来るわ」

「……と、言いますと?」

「助言ならいくらでもできるわ。あちらの土地に行くのは、ちょっと遠慮したいけど。私の顔なんて、あの人は見たくないでしょうしね」


 別に険悪な関係だったわけではないし、別れる時に揉めてもいないが、改めて見たい顔でもないだろう。そう主張すれば、エリオは複雑そうな顔を見せた。なにやら納得はしていないようだったが、彼は改めて姿勢を正すと頭を下げてきた。


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