第19話「露天風呂リーです…」
混浴だと思ってその気になってた貴様の姿はお笑いだったぜ
申し訳程度の真夜中に思い付いたアイデア要素
今日は
「僕が作家だったらこう答えるかなぁ」というシミュレーションをしてみようと思います。
無意識の底に沈んだアイデアを浮かび上がらせる為にはなんでもやってみるものですわよ。
まずは形から入るのが大事なんですよ。きっと。
Q、物語はやっぱりハッピーエンドがいいでしょうか。
A、そらそれに越したことは無いです。 でもハッピーエンドはうまくやらないと大体「後にはなにも残らなかったけどなんとなくキャラは良かったからいいや」
的な妥協故の評価が最大になると思います。
そしてその作品は二度と読まれない。読まなくても展開がわかるからです。つまり展開しかない作品ということになります
Q、一度読んだだけで忘れられてしまうものはそうだとして、何度も読まれるものの違いはなんですか?
A、個人的にしか言えませんが何度も読みたくなるのは、キャラクターがストーリーの流れに一応従ってるように見えても、それとは別に生活をしているキャラがそこに存在している作品です。
生活といっても寝食の行動をそのまま描写するのではなく、『生活の意味』が描けているかです。
その生活の意味を持ったキャラクターがいる小説は面白いと思います。
何度もそこのページだけ読んでしまうんだ、みたいな作品は理想ですね、そして「所詮創作だろう」とはどうしては思えないものも何度も読まれているんじゃないでしょうか?
Q、「書くのだったらハッピーエンドがいいでしょうか?」2
A、個人的にはハッピーエンドは大好きです。でもそれは読む立場の話です。
書く立場ではハッピーエンドにしよう、だけで書けるわけないです。
読む立場と書く立場では考えを変えなきゃならないわけです。
そんなハッピーかバッドかみたいな安易な考えしてるから読んでる側が騙されてる事に気づくのです。
だから「ハッピーエンドなんて嘘臭い!」という悲しい意見が生まれてしまうわけです。
そうして見たくもないような陰惨な作品が増えていきます。
こういう小手先の展開とかを見てると「この作者はキャラクターに何らの想いも持ってないのだろうな」としか思えません。
展開さえありゃキャラクターなんて自分の好きでいいだろと思ってるんだなぁと。




