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第13話「コンビニだ!コンビニだ!…やっぱりコンビニだ!」

どんな状況でこんな台詞が出てくるのか考えてみてください

きっとあなたの脳細胞は「実家に帰らせていただきまーす」と荷物をまとめるに違いない。

脳幹もビックリ。



・それでも人が嫌いで、人の中に希望を見出だせないという人もやはりいるだろうなと前回だったか前々回書いてて思うわけです。

一応こんな文章でも人に向けて書いてる自覚は一応それなりにはあるわけです。

もしかしたらああ思ったんじゃないかとか。内容に対するイエスノーだけではない何かの思考がめぐったのだろうかとか。


まあかく言う僕もそんなに人は好きじゃないんです。イライラもする。

自然には絶望しない、しかし人には絶望する。

むしろ嫌いな気もする。


ではなぜ人の内に希望をなどといえるのか


希望とそのまま言ったらなんかかなり大袈裟なのですが

「この人の人格には希望を感じるな」と小説語に翻訳したかのような言い回しを、面白いことを言う人に対して持ったわけです。


そして絶望するような人の在り方が、面白い呟きをする人、その人格を押し潰してしまうことが、そんなことされてたまるだろうか。

いやたまらんだろう俺は怒りを持って面白い人をどうにかたすけるだろうにきまってるだろう。

と考えるからなのです。


・この人は人としてこういうところに希望を感じる。この感覚を持ててよかったなと思うわけです。

・自分が嫌だと思う人間が自分が言った面白い事で笑ったとしたらどうだろう。おそらく3日くらいは好感度が持つかもしれない。


・人が嫌いだなと思う人は、別にそれでいいのです。

ただそれを自分で自分に押し付けすぎない。自分が自分にすることとはいえ、する自分とされる自分は別だと僕は思います。

自殺したら自分に対する殺人なのと同じことです。

「全人類のケツをこれでもかとひっぱたいてケツを真っ赤にした人類で病院をいっぱいにしてやりたい」というぐらいでいいでしょう。

それもまた小説に表現出来る思念です。

そうしていくうちに、希望を感じる人格を見いだしていけるわけです。

しかしそれは自分にとってのものであり、社会にとっての希望だと多分そういう人は居ないんじゃないでしょうか。

社会となると人格は途端に仮面となります。

小説で仮面人格を書くのはミステリーぐらいなものですが、その仮面の下の顔があるのは別にミステリーだけに限った事ではないはずです。


・なんつうか読んでて教本っぽいなと。これで小説かけたら文句ないんだけど!


・小説とは言語にとって何かと言われれば、まだわからないけど、それを考えることは楽しみだというのはわかる。

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