第七話 助け出される
「……」
「……」
りんごを食べ終われば、また無言な時間の始まりである。
一応、光魔法でぼんやりと倉庫内を照らしてはいるが、外にまでこの光が見えるかどうか不明だし、こちらまで捜しに来てもらっても、気づいてもらえるのかどうかも分からない。
「……」
「……」
やるべきことがないのなら、寝ることしか無いし、このまま眠りにつくのは簡単だ。
でも、寝てはいけない。助けに来られたときに、事情聴取するのに時間を無駄にさせるわけにはいかない。
となれば、彼との会話だが、そもそも普段から無口な彼である。不可能に近い。
「……」
「……」
早く……早く見つけてくれないかなぁ。
「ウィル……」
「無事か、アシュリー!」
ぽつりと名前を呼び掛けたところで、自分の名前が呼ばれ、伏せていた顔を勢いよく上げる。
「居る! 居ます!」
ウィルリードの声が聞こえたのだから、こちらからの声も聞こえるはずだ。
その後、その事を示すかのように、ガチャガチャと倉庫の鍵が開けられる音が倉庫内に響く。
「アシュリー!」
「ロウ!? 居る!?」
そして、扉が開くのと同時に、月光の位置のせいで把握しにくいが、焦ったような心配そうな顔をしているであろうウィルリードたちが入ってくる。
「どこも、怪我してないよな?」
「どーどー。私は大丈夫だから、落ち着きなよ」
「何で、お前の方が落ち着いてんだ。あと、俺は馬じゃねぇ」
どうやらそう返せるほどには、落ち着いてきたらしい。
「……つか、何でお前まで居るの」
「探してたんだよ! 部屋に戻ってこないから!」
どうやら向こうは向こうで、安心したのか何なのか、言い合いをしている。
「あの二人は同室で、相方が戻ってこないからってことで、一緒に探していた」
「ああ、そう……ねぇ、ウィルリード」
「ん?」
「少しだけ、腕を貸してください」
そう言えば、怪訝そうな顔をされる。
「ずっと座りっぱなしで、足が痺れたから」
「……本当に、怪我じゃないんだな」
「痺れただけです」
状況的に疑われても仕方ないんだが、私の座り方を見たウィルリードが、溜め息混じりに、「ほら」と手を伸ばしてくる。
その手を取って、何とか立ち上がる。
「歩けなさそうなら、運んでやってもいいが」
「いや、大丈夫です。それに、腕を借りれば行けそうだし」
はっきり言うと、抱えて運んでもらうというのは恥ずかしい。
明日、この事が噂になることよりも、抱えて運ばられることの方が恥ずかしい。
だから、却下である。
「なら、良いが」
「おい、お前ら。いちゃつくなら早く出てからにしろ」
「「いちゃついてません」」
パッと見、そう見えるかもしれないが、私たちの間にそんな感情は無いので、冷静に否定する。
その後、簡単に様子を見るべく保健室に向かうため、体育倉庫を後にした。
☆★☆
「はい、終わり」
そんな保険医の声に、背筋を戻す。
「二人とも、現状では異常なしだけど、少しでも違和感あったら、保健室にすぐに来なさいよ」
「それじゃ、何かあるみたいだな」
「何もなければ良いけど、頭とかは打ったりすると、後になって症状が出ることがあるからね。そうなったら、病院行きだよ」
そう話す男性教師と保険医の話を聞きつつ、足の痺れを確認する。
どうやら、大分落ち着いてきたらしく、もう少ししたら、ウィルリードの腕を借りる必要も無くなりそうだった。
その後は、一体、何があって、あんなことが起きたのか。誰にやられたのか――……そんな簡易的な事情聴取が行われた。
とりあえず、私はお嬢様方に体育倉庫に行くように言われたこと、もし首謀者が居たとしても心当たりが無いことは伝えておいた。
そして、一緒に居た彼はというと、単に片付けで来たらしい。
「ハワードが居たのに、気づかなかったと?」
「あの人たちが彼に気づいていたのなら、そもそも閉じ込められていませんよ」
だって、もし気づいていたのなら、彼に姿を見られているかもしれないと判断して、閉じ込めるなんてこと、するはずがない。
「やられた理由は?」
「知りませんよ」
『彼女』やナナメリア様たちの近くに居るから、という理由が無くはないが、それだとやっぱり『彼女』が狙われてない時点で違和感がある。
「とりあえず、貴女は気を付けなさい。意図的に閉じ込められたんだとしたら、また無いとは言えないし」
「ハワードも。実は姿を見られたなんて思われたりすると危ないから、数日の間は用心しておくように」
そう女性教師と男性教師に言われ、二人揃って頷いておく。
ただでさえ問題を抱えているというのに、ここに来て新たな問題とか笑えない。
その後、途中まで先生たちに送られ、四人で校舎を出る。
「それにしても、本当無事で良かったよ」
「心配かけて悪い」
「これからは、遅くなりそうだったら、事前に言っておいてくれ。さすがに今日みたいなことがあったら焦るけど、聞いている・聞いてないのとじゃ違うから」
そんな男子たちの会話を聞いていれば、体育倉庫で一緒だった彼――ローレリアン君の目が、こちらを向く。
「……」
「……?」
何か言いたいことは伝わるけど、何を言いたいのかまでは分からない。
それに、反応を見る限りだと、本人もどう言うべきなのが正しいのか分からないようにも見える。
「ローウ。おかしくても言葉にしないと通じないんだから、言いたいことは言った方が良いと思うよ」
「それは……分かってる」
友人に促されているにも関わらず、本人はやっぱり何て言った方がいいのか分からないとでも言いたげに、視線を彷徨わせている。
これは、彼が何て言おうとしているのか考えて、先回りして言わないといけない感じ?
「……こっちも言っておかないといけないことがあるから、先に言っていい?」
「どうぞどうぞ」
このままこうしていても時間の無駄だと思ったのか、本人からではなく友人君から許可が下りる。
「まだ原因が確定した訳じゃないけど……もし本当に、私のせいだったらごめんなさい。私がほいほい行かなかったら、君はもう部屋でゆっくりできていたのかもしれないのに」
「それは……気にしなくていい」
明らかにこちら側が巻き込んだであろうことなのに、ローレリアン君はそう返してくる。
「こっちも、助かったことはあるし」
何のことかな? と思いつつも、光とりんごぐらいしか思い浮かばないので、多分それぐらいなのだろう。
けれど、そこについては、口に出す必要は無いだろう。
「なら、良かった」
その後、ローレリアン君が友人と再び話し始めたのを見ていれば、私の隣を歩いていたウィルリードが小声で呼んでくる。
「アシュリー」
「んー?」
こっちは何か小言かな?
「一つ聞きたいことがあるんだが、何でお前だけでも脱出しなかった? 魔法、使えただろ」
「別にそうしても良かったけど、彼を放置した上にあとで名前を出されたりしたらアウトだったし、大体、そんなとこ見せられる訳がないでしょ」
「まあな」
ふと、疑問が湧いたであろうウィルリードとそんなことを話ながら、歩いていく。
正直、小言じゃなかったことに安心しつつも、気を付けていて正解だった、とも思う。
前の二人に聞かれても大丈夫なように、ウィルリードは『魔法』という言葉で誤魔化してくれたが、それが指すのは、神としての能力だ。
そんなものを行使すれば、目立つのは間違いないだろうし、何をされるか分かったものではない。
「……とりあえず、無事で良かったよ」
視線はこっちに向けられていないけれど、言葉はこっちに向けられていることは分かったから。
「……うん。助けに来てくれて、ありがとう」
今は、お礼だけに留めておくことにしよう。
彼らが来てくれなければ、私たちはまだあの中だっただろうから。