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後編

これにて最後です^^

あの夜から、1年。

今日、私は王太子妃となった。この1年、いろんなことがあった。

前代未聞の王太子妃の実家(文公家)への里帰りに始まり、彼の武官の掌握、父の文官の掌握、第二王子の取り込み、多数派工作のはての武公の不正の告発、クズ男の逆襲――を返り討ちにしたこと。

――――でも、結果よければ、全てよし、だ。


あのクズ男の愛妾たちは、事態が進むに連れ、一人また一人と潮が引くようにクズ男の傍から去っていった。いい気味だったわ。

可哀そうに元踊り子も逃げたそうにしていたけれど、彼女には逃げる先がなかったのよね。お気の毒というべきか、自業自得というべきか。


妃であったお姉さまを散々馬鹿にしてくれたんですもの、元踊り子の落ちぶれように私が残酷な喜びを感じるのも仕方ないことよね?

本当にいい気味だわ。


お姉さまは、まだ辺境伯に嫁げずにいる。

でも、新たな王太子として立太子された彼が、元王太子妃である姉と辺境伯との婚姻の許可を出すと約束してくれている。今はその時が訪れるのを静かに待つしかない。

私の願いは、ようやく叶うのだ。


「何を考えてる?」


私の首筋に口づけを落としながら、彼はそう呟く。

初夜の床で、残酷な喜びと共にヤツラが堕ちたことを回想していたなんて本当のことが言えず、とっさに無難な答えを口にする。


「何も」

「お前は本当に嘘つきだな」


いつの間にか、私の呼び方が“お前”に変わっていた。

親しくなった証、なんだろうか?


実は、お父さまには口が裂けても告白できないが、この1年、彼とはあの日以外にも何度も身体を重ねている。事態が一つ進むたびに、まるで褒美をねだるように私との逢瀬を求める彼を、拒みきれなかったのだ。


「――――いつになったら心を開いてくれるんだ」


拗ねたようにぽつりとこぼされた言葉に、私は言葉を失う。

いま、なんて言いました??

いつもなら「お仕置きが必要だな」と言って嬉々として私の身体を貪り食らうのに。


「いい加減、俺を見てくれ」

「見ておりますわ、殿下」

「どこがっ!!」


怒られた。私の返事がお気に召さなかったようだ。なぜ?


「あの男が忘れられないのか?」


誰? あの男って?

私には忘れられない男なんていないんだけど。本気で悩んだ。


「お前の元婚約者だ」


不機嫌そうにそう告げる彼に、眼を瞠った。

辺境伯?!!

なんでそうなるの? 辺境伯と姉との結婚話を必死で進めてるのは、それこそ他でもない、この私なのに。


「仲睦まじかったお前たちを引き裂くような真似をしたのは俺だが、そろそろ俺をちゃんと見て欲しい」


なんだか誤解があるようだ。


「あの・・・・辺境伯のことは、義兄あにとしか思っておりませんけど?」

「は?」

「確かに私たち、仲が良いですわ。でもそれは家族としての親愛の情ですわ。もちろん、辺境伯のことは大好きですわよ? そして私たちは婚約してましたけれど、男女の愛情という意味では、そういうものは私たちの間にはありません。もうずっと、それこそ5つで初めてあの方にお会いした時から、私にとってあの方は義兄あになんです。あの方の心にあるのは、たった一人だけ。それは私ではありません」

「・・・・・・」


分かってくれただろうかと思ったら、すごい冷たい眼で睨まれた。彼からこんなに冷たい眼差しで見られるのは、ずいぶん久しぶりな気がする。

あれ、なんで?


「ずいぶん流暢に話すんだな。普段はあんまり話してくれないくせに。やっぱりお前は嘘つきだ。そう言えとでも誰かから入れ知恵でもされたのか?」

「えっ?!」

「もういい!」


どうしてこうなるの?

正直に言ったのに、と言葉に詰まった私を見て、彼の不機嫌さは更に高まったようだ。

なんだか黒い陽炎が彼から見えるのは、気のせいだろうか?

ふいに、ニヤリと彼が笑んだ。途端にぞくりとした寒気が背筋を駆け抜けて行った。あぁ、なんだか嫌な予感がする。


「まあ、いい。もうお前は俺の妃だ。他の男のことなど思い出す暇もない程可愛がってやろう」


艶やかな色気を振りまきながらそう言った彼に、この夜、私は今までで一番激しく手ひどく抱かれた。結局、空が白みかけるまで許してもらえず、最後は気絶するように眠りに落ちた。




*******




私がようやく目覚めたのは、翌日の昼過ぎ。

湯浴みを終えて、部屋着を纏っただけのしどけない姿でぐったりと長椅子に横たわる私の傍で、王太子妃付の侍女たちが、それはそれは楽しそうにさえずっていた。


今日は結婚式の翌日だから、何も予定が入っていないのだ。

お化粧はしなくていいし、髪も結わなくてよいので、正直、助かった。昼過ぎまで休んでいたというのに、体中が重だるいし、鈍い痛みもまだ残っていたから。


「まあ、素敵な首飾り! こちらの耳飾りとお揃いですわね」

「あら、こちらは赤玉の裸石ですわ。お好みのものに仕立てろとのことでしょうね」

「こちらは何かしら? それにしてもこんなに愛されて、おうらやましいですわね」

「えぇ、妃殿下はお幸せですわ。こんなにたくさんの初夜の贈物なんて、今まで聞いたことございませんもの」

「まあ、初夜から激しくていらして大変だとは思いますけれど」

「でも、ねぇ・・・」

「えぇ、ふふふ」

「「「「情熱的に愛されてますのね!」」」」


彼からの非常に多くの(!)初夜の贈物を紐解きながら、侍女たちのおしゃべりはとどまることなく、最後にはうっとりと私を見あげる。


私が彼から愛されてるなんて、ありえないっ!

侍女たちの無邪気で恐ろしい誤解に、季節はずれの寒気を感じてぶるりと身体が震えた。


誤解なのよ、それは。

そう言いたかったけれど、声が出なかった。一晩中あられもなく喘がされて、少し掠れた声しか出せなくなっていたのだ。

恥ずかしくてとても口を開けない。


文公家から連れてきた、この1年の彼との密かな関係を知る腹心の侍女だけは、私に薬湯を渡しながら微妙な眼をして私を見ていた。


私たちは純粋に政略結婚だ。

武門の家柄の生母を持ち、自身も武人である彼が王太子となるに必要な“文”の勢力。それを取り込むために必要な存在、それが私。

文官筆頭たる文公家との盟約の証。

そこに愛なんていうものは存在していない。


だいたい愛してるというなら、こんな風に手ひどく抱き潰したりしないよね?

愛されてるどころか、実は憎まれているんじゃないかと懸念してるくらいなのだ。

あぁ、これからが、すごく不安だ。

私、王太子妃として、やっていけるんだろうか?

もしかしたら、選択を誤ったのだろうか?

共通の敵がいなくなったら、敵の敵は味方じゃなくなるのかな?


そんなことを思いながら、腹心の侍女から渡された薬湯を口にした。

その薬湯は、まるで現実を私に思い知らせるかのような、苦い苦い味だった。

思わず口から薬湯よりなお苦い溜息がもれた。




お読みいただいてありがとうございました^^

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