第4話
単調で重苦しい車輪の回転音とともに、家族の紋章を一切持たない、全身を漆黒に染めた四輪馬車が、王都の外周に広がる国王大通りを、ゆったりとした足取りでそびえ立つ城門へと向かっていた。
この馬車は外観こそ色がやたらと暗いだけで、没落貴族や控えめな富商の足代わりと大差ないように見えた。しかし、馬車を牽く二頭の馬は、一本の雑毛すら混じっていない純粋な黒毛に覆われており、その瞳の奥には時折、かすかな暗赤色の光が揺らめいていた。さらに、堅い青石の舗装路を踏む蹄の音は、まるで分厚い綿の上を歩いているかのように、乾いた金属音を一切響かせなかった。
馬車の内部は外見から想像するよりも遥かに広く、異様なまでに贅沢に装飾されていた。深紅のベルベット製シート、複雑な魔紋が刻まれた紫檀の小テーブル、そして隅の香炉からはバイオレットの甘い香りが漂っている。
リアン・ノクティスは、その柔らかいシートに優雅に腰掛けていた。
王都へ潜入するため、彼女は強烈な悪役の威圧感を放つトレードマークの黒いドレスを一時的に脱ぎ捨て、変装を施していた。今の彼女が身に纏っているのは、仕立ての良いクラシカルなダークブルーのコルセットドレスで、襟元には精緻なレースがあしらわれている。目を引く白銀の長髪は器用にまとめられ、黒いベールが下がったヴィンテージ風の広つば帽子によってその大部分が隠されていた。ただ、白く細い首筋に垂れる数条の髪だけが、わずかに覗いている。
そんな風に努めて目立たない格好をしていても、彼女の内に秘めた、生まれ持った高貴さと危険さが織りなす独特のオーラは隠しきれていなかった。それはまるで、闇夜の中で静かに咲き溢れる、猛毒を宿したダチュラのようであった。
彼女の向かいには、灰色のマントに身を包み、特徴のない真っ白な木製仮面をつけた男が座っていた。
これは『夜蝕会』から彼女に配属された下級の従者だった。コードネームは『無面』。個人的な感情を一切持たず、ただ命令を遂行することだけを知る人形のような男である。
「よく聞きなさい、無面」
リアンは背筋をピンと伸ばし、美しいラインを描く顎をわずかに持ち上げた。そしてベールの隙間から、ひどく真面目で芝居がかったトーンで「稽古」を開始した。
「私がかの神聖を自称する広場に降り立ち、月が影に最初の一噛みをされるその時、私の登場にはいささかの世俗の気配もあってはならないわ。まず言霊を以て広場のすべての光を奪い、闇の最も深き一点より姿を現す。すかさず、お前は暗がりから幻影術式『鴉群の飛翔』を放ち、不吉なる予兆を演出するのよ」
彼女は一呼吸置き、脳内でその光景を思い描くように、再びオペラのアリアを口ずさむような調子で言葉を紡いだ。
「それから、かねてより用意していたあの台詞を披露するの――『王都の諸君、今宵は私が、極上の戯曲の幕を開けて差し上げましょう。これは終末の警鐘などではなく、ただの一通――常闇からの招待状です』……どう? この言葉のタメと余韻は、安穏と暮らす愚民どもの魂を震え上がらせるに十分だと思わない?」
語り终えたリアンは、期待に満ちた眼差しで向かいの従者を見つめ、「観客」からの反応を待った。
しかし、馬車の中に流れるのは死のような静寂だけだった。
無面はそこに端座したまま、まるで生命のない木彫りの人形のようだった。空白の仮面からは何の表情も読み取れず、マントの下からも、興奮や恐怖による微かな震えすら伝わってこない。
たっぷり十秒が経過した。
リアンの額に青筋がピクッと浮かんだ。彼女は優雅な座り方を維持したまま、しかし声には幾分か奥歯を噛み締めたニュアンスを滲ませた。「何かしら反応しなさい。今の語りの演出、魂を揺さぶるほどに劇的だったでしょう?」
その明確な指示を聞いて初めて、無面はまるでスイッチを押された機械のように、極めて標準的な動作でコクコクと首を縦に振った。言葉もなければ、感嘆の息吹もない。ただ単に「了解した」というだけの頷きだった。
「……」
リアンは深く息を吸い込み、目を閉じることで、この芸術の解らない木偶の坊を窓から投げ捨てたいという衝動を必死に抑え込んだ。
「もういいわ。お前のような魂なき実行者に劇的な緊張感を求めること自体、私自身のセンスに対する侮辱だったわ」
彼女はレースの手袋をはめた手をわずかに鬱陶しそうに振り、視線を車の窓の外へと向けた。
彼女は二本の指を伸ばし、窓を覆う分厚いベルベットのカーテンを少しだけ押し開けて隙間を作った。
馬車はこの時、すでに城門の検問をスムーズに通過していた。一般の衛兵たちは、リアンが施したささやかな心理暗示の言霊によって、客室のドアを開けることすら恐れ、恭しく馬車を通してくれたのだった。
王都の市街地に入ると、一気に繁栄の光景が目に飛び込んできた。広い大通りを行き交う馬車や人々、両側にそびえ立つ建物と軒を連ねる商店。しかし、リアンの目には、この都市は生活の息吹が漂う居住地ではなく、自らの手で飾り立てるのを待っている巨大な「舞台」にしか見えなかった。
彼女の暗赤色の双眸には、ロケハンを行う監督特有の、粗探しをするような光が宿っていた。
「あの騎士団の巡回ルートときたら……」
通り過ぎたばかりの、鎧の輝く王国騎士の隊列を見つめながら、リアンの口元に隠そうともしない嘲りの笑みが浮かんだ。
「規則的すぎてあまりに単調ね。半刻ごとに大通りで交代し、人員構成は常に大盾持ちの先鋒が二人と、槍持ちが三人。こんな防衛体制、サスペンスの欠片もなくて三流劇場ですら上演を拒否する退屈な日常劇だわ。少しでも頭の回る暗殺者なら、この巡回ルートをすり抜けてワルツでも踊ってみせるでしょうね」
彼女の視線は大通りの先、王都の最も高い場所に位置し、陽光を浴びて神聖さに満ち溢れた王国聖堂へと向けられた。
そこが今回の任務の最終目的地であり、古代遺物『茨の冠』が封印されている場所でもある。
「それから、あの聖堂の防御結界だけど……」
リアンの目がわずかに細められた。
一般人の目には、聖堂はただ壮麗で厳かに見えるだけだが、魔力の流れに精通した『夜蝕会』の幹部たる『月の席』の目には、聖堂全体が金色の水面のように揺らめく幾重もの神聖結界によって厳重に包まれているのがはっきりと見えていた。
「あの金色の亀の甲羅は確かにそれなりの厚みがあるわね。誰にも気づかれずに侵入するのはほぼ不可能。だけど……」
リアンは指先で窓枠を優しくトントンと叩きながら、すでに脳内で壮大な演出を組み立て始めていた。
「私の描く第二幕のシナリオにおいて、あれを打ち破る瞬間には十分なまでに華美な契機が必要よ。野蛮な力任せの破壊なんて絶対に駄目、品性のかけらもないもの。そうね、天体の配列のズレを利用して、魔力潮汐の逆流を引き起こし、あの結界を最も絢爛たる瞬間にガラスの如く砕け散らせる……それなら視覚的な効果も抜群だわ」
しかし、彼女が興味深そうに聖堂の結界を観察していたその時、極めて鋭敏な感覚が不協和音を捉えた。
聖堂の主結界が放つ純粋な金色の輝きの下に、骨に絡みつく病魔のように、非常に鬱屈として冷酷な暗い魔力が潜んでいた。その魔力は極めて巧妙にカモフラージュされており、様々な魔力属性に対するリアンの感応能力が常人を遥かに凌駕していなければ、まず察知することはできなかっただろう。
リアンはカーテンを下ろした。顔から戯れの色が瞬時に消え去り、代わりに氷のような静かな殺気が漂い始める。
(これは絶対に王国騎士団の手によるものではないわ。ましてや教会のあの胡散臭い聖職者どものスタイルでもない)
リアンは心の中で冷笑した。
(この泥のようにねっとりとして、ドブネズミのような悪臭を放つ魔力波動……『淵の席』、やはりお前、とっくに王都でコソコソと手を回していたのね)
隠された新たな防壁、あるいは何かしらの伏兵となる術式は、明らかに影に隠れて人を陥れるのを好む同僚によるものだった。それは防御というより、すでに開かれた罠の袋であり、獲物――すなわちリアンが自ら飛び込んでくるのを待っているかのようだった。
(私の舞台に勝手な伏線を仕込もうなんて、愚か極まりないわね)
リアンは心の中で『淵の席』に「大局観のない二流の脚本家」という烙印を容赦なく押した。
(そこまで割り込みたいというのなら、慈悲深い私が、第四幕で『自業自得』の道化としての出番を用意してあげるわ)
馬車は王都の高級住宅街にある、非常にひっそりとした高級宿の裏庭に停車した。
ここは『夜蝕会』が王都に設けたセーフハウスの一つだった。宿の主人はすでに買収されて支配下に置かれており、最上階の豪華なスイートルームが用意されていた。
部屋に入るなり、リアンはすぐに鍵をかけた。少し邪魔だったヴィンテージ風の広つば帽子を無造作に脱ぎ捨てると、白銀の髪が滝のようにダークブルーのドレスの背中に流れ落ちた。
彼女は休む間もなく、部屋の中央にある大きなマホガニーの机へと歩み寄り、テーブルの上の花瓶や雑物を乱暴に脇へと押しやった。自らの亜空間倉庫から、夜通し書き上げた全十二ページに及ぶ『月蝕降臨:名もなき女王の絶望的序曲と五幕の劇のアウトライン』を慎重に取り出した。
リアンはシナリオを広げると、特製のバイオレット魔力インクと、お気に入りのクロウフェザーペンを取り出してきれいに並べた。その一連の動作には、神聖な儀式のような厳かさが満ちていた。
「無面、こちらへ」
背もたれの高い大きな椅子に腰掛け、シナリオの上に両手を重ねるリアンは、今にも作戦会議を開こうとする総帅のようでもあり、演劇の稽古を指導する暴君的な演出家のようでもあった。
空白の仮面をつけた従者は幽霊のように気配を消して机の前に滑り込み、直立した。
「さあ、これからお前に今回の作戦における『第零幕の構想』――すなわち、正式な開幕に先立つ準備とロケハンの段階について詳細に説明してあげるわ」
リアンの瞳に狂熱と集中が宿った。彼女はペン先で宙を指し示しながら、抑揚のある声で語り出した。
「まず、王都における魔力流動の結節点を特定する必要があるわ。これは今後の『シナリオ領域』の展開における安定性に関わる重大事項よ。次に、私たちは影からいわゆる『正義の味方』どもを観察する。烏合の衆の数なんてどうでもいいの。私が重視するのはただ一つ、彼らの『配役としての適性』よ。優れた悪役には、それに相応しい好敵手が不可欠。もし対峙する相手が信念なき凡夫ばかりでは、この大舞台における私のすべての台詞も謀略も、豚に真珠の独り芝居になってしまうわ」
リアンは滔々と自身の理論を語り始めた。地形を利用した光と影の演出から、敵が最も弛緩した瞬間に仕掛けるサスペンスの転換点。登場時の歩幅のテンポから、異なる魔法属性が雰囲気作りに与える影響まで、多岐にわたる。
彼女は立て板に水の如く熱弁を振るい、すっかりその世界に陶酔していた。
時間は一分一秒と流れ、壁に掛けられたレトロな振り子時計がチクタクと音を刻む。
たっぷり三十分が経過した。
リアンはようやく第零幕の最後の要点に辿り着いた。「……だから、お前が目眩まし用の微小魔法陣を設置する際は、その光を必ずダークパープルにすること。安っぽいスカーレットなんて絶対に許さないわ。スカーレットなんて低俗すぎて、まるで屠殺人のエプロンよ。ダークパープルこそが、我が『夜蝕』の風格に相応しいの。理解できた?」
彼女は机の上の紅茶を手に取り、優雅に口に含んで喉を潤すと、鋭い眼差しで無面を凝視した。
先ほどの馬車の中と同じような、死んだような静寂が再び部屋に満ちる。
無面はそこに佇んだまま、この三十分間の「演劇マスタークラス」の中で、全身が石像へと風化してしまったかのようだった。
さらに息の詰まるような十秒が流れた。
リアンが再び癇癪を起こそうとしたその瞬間、ずっと沈黙を保っていた人形のような下級従者が、ついに初めて口を開いた。
その声はかすれ、乾いており、日々の暮らしに完全に叩き潰された者の深い疲労感が滲み出ていた。
「リアン様……首領からの命令は、『古代遺物の奪取』です」
無面は一瞬の間を置き、勇気を振り絞るようにして、後半の言葉を付け加えた。
「『芝居を打つこと』ではありません」
部屋の中の空気が一瞬にして凍りついた。
紅茶のカップを握ったリアンの手が空中で静止した。彼女はゆっくりとカップを下ろし、磁器同士が当たるカチャリという乾いた音を響かせた。暗赤色の瞳が細められ、危険な光がその瞳の奥で揺らめき、無面をまるで救いようのない粗大ゴミを見るような目で見つめた。




