表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
接続中の教室  作者: 藤苺めぇ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/9

第七話「未同期の理由」

足が止まった瞬間、時間が引き延ばされたみたいに感じた。廊下の空気が重くなる。目の前にはクラスメイトたちが並んでいる。全員がこちらを見ている。笑っている。その笑顔は昨日まで知っていたものと同じ形をしているのに、意味が違って見えた。口角の上がり方も、目の細め方も、ほとんど同じだった。まるで“揃えられている”みたいに。


「おかえり」


声が重なる。


後ろから、担任の足音が近づく。規則的なリズム。逃げ場がない。前も後ろも、同じ“側”にいる人たちだと、はっきり理解できた。


胸の奥で、さっきの風の音がまだ鳴っている。草原の映像がちらつく。安心しろ、同じでいろ、とどこかで囁く声がある。でも、その上に薄く重なるように、別の感覚が残っていた。旧校舎の冷たい空気。あの部屋だけが“繋がっていない”感じ。そして、紙に書かれていた言葉。


——ログインするな


もう一つ。


——それも もう つながってる


あの意味が、ようやく形になり始めていた。


「……どいて」


声が思ったよりも低く出た。喉が乾いている。心臓がうるさい。


「教室、戻ろう」


一番前にいた男子が一歩だけ近づく。距離が詰まる。表情は変わらない。


「未同期は、危ないよ」


言葉の選び方が、担任と同じだった。


「みんなと同じにしよう」


後ろから、担任の声が重なる。


「そうすれば、安全です」


“安全”。その言葉が、合図みたいに繰り返される。ここで初めて、はっきり理解した。この人たちは自分の意思で話していない。少なくとも、言葉の選び方は自分で選んでいない。与えられた言葉を、同じタイミングで出している。


——同期


頭の中で、その単語が繋がる。さっき、触れられた瞬間に流れ込んできた感覚。考える前に“安心だと感じる”ように誘導されるあの感じ。違和感を抱く前に、違和感そのものを消されるような仕組み。


「……それ、何してるの」


自分でも驚くくらい、冷静に言葉が出た。


「何って?」


女子が首を傾げる。仕草まで同じ角度。


「同じ動画、同じ言い方、同じタイミング。おかしいって思わないの」


一瞬だけ、間が空く。その間さえも、どこか揃っている。


「おかしくないよ」


誰かが言う。


「普通だよ」


別の誰かが続ける。


「これが正しい」


最後の一言が、少しだけ強く響いた。


正しい。


その言葉に、妙な確信が混じっている。自分で考えていない確信。与えられた確信。


背中に冷たいものが走る。


後ろで、担任が足を止めた気配がした。


「理解が進んでいますね」


穏やかな声。


「いい傾向です」


違う、とすぐに思った。この人は“理解”という言葉を使っているけど、やろうとしているのは理解じゃない。統一だ。ばらつきをなくして、全員を同じ状態にする。


「同期はね、学習効率を上げるんです」


担任の声が続く。説明する口調。授業みたいに。


「余計な情報を減らして、必要なものだけを見せる。思考の無駄をなくす。だから、みんな同じ速度で、同じ方向に進める」


廊下の空気が、さらに重くなる。


「消えた人たちは?」


思わず口に出す。


「……最初からいなかったって、言うんでしょ」


自分でも、半分は予想していた答えだった。


担任は少しだけ首を傾げた。


「“統合”された、と言った方が正確ですね」


その言い方に、背筋が凍る。


「個別の記憶や差異が不要になった場合、最適化されます」


言葉は丁寧なのに、意味が冷たい。


「席が減ったように見えるのは、あなたの認識がまだ揃っていないからです」


つまり、自分だけが“ズレている”。


逆に言えば、他の全員は“揃っている”。


「……じゃあ、元担任は」


言いかけて、口をつぐむ。


担任の目が、ほんの少しだけ細くなった。


「例外もあります」


短く答える。


「不具合が出た個体は、隔離されます」


あの旧校舎の部屋が頭に浮かぶ。繋がっていない空間。あそこだけが、このシステムの外側にある。


「あなたも、そのままだと同じになりますよ」


穏やかな声で言う。


脅しではなく、事実として。


その言い方が、余計に怖かった。


ポケットの中で、スマホがまた震える。今度は短く、何度も。


ゆっくり取り出す。


画面には、新しい表示。


——同期再試行を提案します

——推奨:今すぐ


その下に、小さく追加されている。


——未同期継続時間:長


時間がカウントされている。


管理されている。


「……これ、止められるの」


小さく呟く。


誰に向けたわけでもない言葉。


でも、その答えは、すでに手の中にある気がした。


旧校舎。


繋がっていない場所。


元担任。


あそこでは、少なくとも“完全な同期”は起きていなかった。


「戻りましょう」


担任が一歩踏み出す。


クラスメイトたちも同時に動く。


完全に囲まれる。


その瞬間、頭の中で何かがはっきりと繋がった。


——外でも安全じゃない

——スマホも安全じゃない

——でも、場所によっては弱まる


つまり、“切断できる場所”がある。


「……嫌だ」


はっきりと言った。


全員の動きが、一瞬だけ止まる。


「同期しない」


その言葉は、思っていたよりも簡単に出た。


怖さは消えていない。でも、それ以上に“飲み込まれる感覚”の方が嫌だった。


担任の表情が、わずかに変わる。初めて、均一じゃない歪みが見えた。


「なぜですか」


静かな問い。


「それは、非効率です」


非効率。


その言葉に、はっきりとした違和感を覚える。


「効率とかじゃない」


言い返す。


「……それ、私じゃなくなる」


口に出した瞬間、確信に変わる。あの瞬間、触れられたときに流れ込んできた“安心”。あれは楽だった。考えなくていい。周りと同じでいられる。でも、その代わりに、何かが削れていた。名前を思い出せなくなるくらいに。


それは、少しずつ消えていくことと同じだ。


担任は、しばらく黙ってこちらを見ていた。


そして、静かに言う。


「……では、強制措置に移行します」


その瞬間、クラスメイトたちが一斉に踏み出した。


距離が一気に詰まる。


逃げ場が、完全に消える。


スマホの画面が、強く光る。


——強制同期:準備完了


頭の奥で、あの風の音が一気に大きくなる。


視界が揺れる。


でも、今度は目を逸らさなかった。


あの旧校舎まで行けば、何かが変わる。


そう確信していた。


足に力を込める。


囲まれる直前、わずかな隙間を見つける。


——走れ


心の中で、はっきりと声がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ