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接続中の教室  作者: 藤苺めぇ


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第六話「同期」

ノブが、止まった。


回りきる直前で、ぴたりと動きが止まる。誰かが外から“様子を見ている”ような、不自然な静止だった。息を潜める。部屋の空気が、わずかに震えている。


次の瞬間、コンコン、と二度だけノックの音がした。


間が、同じ長さで空く。


コンコン。


もう一度。


規則的すぎる。


返事はしない。できない。喉が張り付いたみたいに動かない。


「——いますよね」


扉の向こうから、声がした。


担任の声だった。


でも、どこか違う。抑揚が少なく、音の高さが一定で、録音を再生しているみたいに滑らかすぎる。


「旧校舎への立ち入りは、推奨されていません」


間。


「安全のため、教室に戻ってください」


その“安全”という言葉に、胸が強く締めつけられる。


先生は動かない。視線だけでこちらを制する。まだ、出るな。


足音が一つ、近づく。


ドアノブが、今度はゆっくりと回りきった。


扉が開く。


廊下の光が、細く差し込む。


立っていたのは、担任だった。いつもの笑顔。額には、やはり汗が浮かんでいる。だけど、目が合った瞬間、笑っていないことがわかった。


視線が、一直線にこちらへ向く。


「見つけました」


小さく、はっきりと言った。


背中が冷たくなる。


「なぜ、接続していないのですか」


一歩、部屋に入ってくる。


靴音が、床に吸い付くみたいに静かだ。


「未接続状態は、危険です」


もう一歩。


逃げ場がない。窓は閉まっている。反対側には先生。出入口は目の前の担任だけ。


「大丈夫。すぐに“整えます”」


整える、という言葉が、耳に残る。


そのとき、ポケットの中でスマホが激しく震えた。


取り出す余裕はない。でも、振動が止まらない。


担任の視線が、わずかにそちらへ落ちる。


「ちょうどいいですね」


口元が、少しだけ広がる。


「今から、同期を行います」


同期。


その単語が、やけに重く響いた。


一歩、さらに近づく。


先生が、かすかに首を振る。違う、というように。来させるな、と。


でも、体が動かない。


担任が手を伸ばす。


その瞬間、スマホの画面が勝手に点灯した。


強い光。


画面いっぱいに文字が浮かぶ。


——強制同期を開始します


頭の奥で、何かがざわつく。視界の端が、わずかに歪む。


「やめ——」


声が出る前に、担任の指がこちらのスマホに触れた。


世界が、ぶれる。


教室の風景が一瞬だけ重なる。草原の映像。青空。風の音。


同時に、知らない記憶が流れ込んでくる。


同じ動画を見ている感覚。何も疑わない安心。全員と同じでいることの、軽さ。


「ほら、大丈夫でしょう」


担任の声が、遠くで聞こえる。


「みんな、同じです」


違う。


そう思った瞬間、視界の奥で何かが引っかかった。


完全に飲み込まれきる前に、ほんの少しだけ“自分”が残っている。


「……いや、だめだ」


かすれた声が出た。


その瞬間、横から何かが倒れる音がした。


元担任の車椅子が、わずかに動いていた。床に落ちた小さな物が転がる。


視線が、そちらに向く。


ペンだった。


その動きが、ほんの一瞬だけ、空気を乱した。


担任の目が、わずかに逸れる。


——今だ


理由はわからない。でも、体が勝手に動いた。


担任の横をすり抜ける。


廊下へ飛び出す。


足音が、後ろから追ってくる。


「待ってください」


声が、さっきよりも低い。


「未同期のままでは、安全が——」


最後まで聞かない。


走る。廊下を、曲がる。階段を駆け下りる。息が苦しい。視界が揺れる。さっきの“何か”が、まだ頭の中に残っている。


一階に出る。明るさが戻る。でも、安心できない。


廊下の先に、人影が見えた。


クラスメイトたち。


立っている。


こちらを見ている。


笑っている。


「おかえり」


同時に言った。


足が止まる。


後ろから、足音が近づく。


前には、動かない“同じ顔”たち。


逃げ道が、なくなる。


ポケットの中で、スマホがまた震えた。


画面を見なくてもわかる。


次は、もっと強い。


頭の奥で、さっきの風の音が、少しずつ大きくなっていく。

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