第三話「消えている席」
昼休みの教室は、静かだった。騒いでいないわけじゃない。笑い声もあるし、話し声もある。でも、どこか音が均一で、広がらない。全員が同じ距離で、同じ温度で存在しているような違和感があった。
視線を上げると、また同じ動画が流れているのが見えた。青空と草原。風の音。誰かが再生したのをきっかけに、周りの数人も同じものを開く。まるで合図でもあったみたいに。
「……またそれ?」
隣の席の女子に声をかけると、少し遅れてこちらを見た。
「うん。落ち着くから」
「他の動画は?」
「あるよ」
そう言いながら、彼女は画面をスクロールする。確かに別の動画も並んでいる。でもどれも似ていた。静かな風景。ゆっくりした動き。説明のない映像。
「ねえ、ニュースとか見てる?」
その言葉に、彼女の指が止まった。
「ニュース?」
聞き返し方が、少しおかしかった。
「うん、普通に。外のこととか」
「……見てないかも」
「おすすめに出てこない?」
「出てこないと思う」
その返答は、あまりにもあっさりしていた。疑問を持つ様子もない。
胸の奥がざわつく。
「昨日さ、来てなかったやついたよね」
思い出すように言うと、彼女は一瞬だけ目を細めた。
「誰?」
「いや、えっと……」
まただ。名前が出てこない。顔は思い浮かぶのに、肝心な部分が抜け落ちている。
「気のせいじゃない?」
軽く流される。その言い方が、どこか決まっているみたいに聞こえた。
そのとき、教室の後ろの方で椅子が引かれる音がした。クラスの中心にいる男子——みんなが自然と従うような存在のやつが立ち上がっていた。
「なあ、トイレ行こうぜ」
数人がついていく。そのまま教室を出ていった。
特に気にすることもなく、また視線がスマホに戻っていく。
——数分後。
焦げたような匂いが、かすかに漂ってきた。
「……なんか、臭くない?」
誰かが言う。でもその声もすぐにかき消される。誰も立ち上がらない。気にする様子もない。
しばらくして、さっき出ていったやつらが戻ってきた。笑っている。何事もなかったみたいに。
ただ一人、あの中心にいた男子だけがいない。
「……あれ?」
思わず声が漏れる。
戻ってきた一人に聞く。
「さっきの……一緒に行ったよね?」
「誰?」
「え、いや……」
また、言葉が詰まる。
「一人足りなくない?」
そう言った瞬間、周囲の数人がゆっくりとこちらを見た。
その動きが、揃いすぎていた。
「足りてるよ」
誰かが言う。
「最初から、この人数だよ」
別の誰かが続ける。
「勘違いじゃない?」
同じ調子の声が重なる。
心臓が、強く鳴った。
視線が教室を一周する。席の数。机の並び。どれも違和感がない。最初からそうだったように見える。
でも、確かにいたはずだ。
名前は思い出せない。顔もぼやけていく。でも、“いた”という感覚だけが残っている。
そのとき、教室のスピーカーから音が流れた。
『本日の校内通貨の配布を行います』
突然のアナウンス。担任がいないのに、機械的な声が続く。
『適切な行動を取った生徒に対し、報酬が与えられます』
同時に、数人のスマホが震えた。
隣の女子も画面を見る。通知が表示されている。
「……もらえた」
嬉しそうに小さく笑う。
「ねえ、何したの?」
「え?」
「何したらもらえるの?」
その質問に、彼女は少しだけ考える素振りを見せたあと、首を傾げた。
「わかんない。でも、いいことじゃない?」
いいこと。
その言葉が、妙に重く感じた。
ふと、自分のスマホを見る。画面が点いていた。通知が一件。
——未接続の状態が確認されています
——速やかにログインしてください
その下に、小さく表示されていた。
——安全のため
指先が冷たくなる。
顔を上げると、クラスのほとんどがこちらを見ていた。
笑っている。
さっきと同じ、揃った笑い方で。




