第二話「同じ画面」
教室に入った瞬間、空気が少し変わっていた。いつもと同じはずなのに、どこか軽い。ざわめきはあるのに、音が薄いような感覚だった。席に着くと、前の列の生徒たちがスマホを囲んで笑っているのが見えた。
「これ見た?」
画面を覗き込むと、動画が再生されていた。青空と、風に揺れる草原。それだけの映像。音もほとんどない。ただ風の音のようなものが、かすかに流れている。
「……これ、何が面白いの?」
思わず聞くと、数人が一斉にこちらを見た。そのタイミングが、妙に揃いすぎていた。
「え、いいじゃん」
「落ち着くし」
「こういうの、好きじゃない?」
同じような言葉が、少しずつ重なって返ってくる。誰かの意見というより、用意された答えみたいだった。
「ほら、これも」
別の生徒が自分のスマホを差し出す。そこにも同じ動画が映っていた。再生時間まで、ほとんど同じだった。
胸の奥がざわつく。
「……さっきのと同じじゃない?」
「そう?」
首を傾げる仕草まで、どこか似ている気がした。
そのとき、担任が教室に入ってきた。いつもの笑顔。やっぱり額には汗が浮かんでいる。教壇に立つと、出席簿を開きながら穏やかな声で言った。
「おはよう。みんな、ちゃんと接続できてるね」
教室のあちこちで「はーい」と声が上がる。その返事も、どこか均一だった。
「今日はね、少し新しいことをするよ」
先生はポケットから小さなケースを取り出した。中にはコインのようなものがいくつか入っている。透明で、中心に小さな光が揺れているように見えた。
「これは校内通貨。授業に参加したり、良い行動をしたりすると貰える。将来の社会勉強にもなるからね」
そう言って、近くの生徒にひとつ渡す。受け取った生徒は、少しだけ遅れて笑った。
「ありがとうございます」
その声にも、わずかな“遅れ”があった気がした。
「これでね、校内で色々なことができるようになる。購買も、サービスも、全部」
先生は楽しそうに続ける。その間も、額の汗が一滴、頬を伝って落ちた。気づいていないのか、拭う様子はない。
「ペットも飼えるようになるよ」
教室が少しだけざわめく。でもそのざわめきも、どこか制御されたみたいに一定の大きさで止まった。
「ただし、ちゃんとルールは守ること。いいね?」
「はーい」
また同じ調子の返事。
ふと、後ろの席を見る。空席がひとつあった。昨日、ネットの話をしていたあいつの席だ。机の上は綺麗に片付いていて、まるで最初から誰もいなかったみたいに見える。
「先生」
思わず声を出した。
「……あの、今日、来てない人いますよね」
一瞬だけ、教室の空気が止まる。
先生はゆっくりとこちらを見た。笑顔はそのまま。でも、目だけが少し細くなる。
「誰のことかな?」
「えっと……昨日、話してた……」
名前が出てこない。喉まで出かかっているのに、引っかかる。思い出せない。
周りを見る。誰もこちらを見ていない。全員がスマホに視線を落としている。
「ほら、もう授業始めるよ」
先生の声が、さっきより少し低くなった気がした。
「大丈夫。ここには、ちゃんと“必要な人”しかいないから」
その言葉が、やけに静かに教室に広がった。
気づくと、自分のスマホの画面が勝手に点灯していた。触っていないのに、通知が表示されている。
――おすすめ動画
表示されたサムネイルは、さっき見た草原だった。
再生ボタンが、ゆっくりと点滅している。
押してはいけない気がした。
でも、なぜか目が離せなかった。




