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接続中の教室  作者: 柑橘みかん


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12/18

第二話(清書完全版)「同じ画面」

教室の空気は、昨日までと同じはずなのに、どこか軽く感じられた。重さが消えたというより、余計なものが削ぎ落とされたような、不自然な軽さだった。席に着いた瞬間、その違和感はさらに強くなる。周囲の会話が耳に入るが、どれも似た調子で、似た内容で、似た間で繰り返されている。笑い声すら、どこか均一で、広がりがない。音がぶつからず、綺麗に並んでいるような感覚があった。


机の上のスマホが、再び自動で点灯する。触れていないのに、画面が開く。


——おすすめ動画


昨日と同じ、青空と草原の映像。再生ボタンがゆっくりと点滅している。視線を上げると、周囲の何人かが同じ画面を見ていた。さらに数秒後、そのうちの一人が再生を押すと、まるで合図のように、他の生徒も同時に再生する。


風の音が、教室に重なる。


「……またそれ?」


思わず声に出すと、前の席の女子がゆっくりと振り向いた。その動きは、ほんのわずかに遅れているように見えた。


「いいじゃん」


「落ち着くし」


「こういうの好きじゃない?」


同じような言葉が、ほとんど同じタイミングで返ってくる。言葉の選び方も、声の高さも、驚くほど揃っていた。


「他の動画は?」


問いかけると、女子はスマホをスクロールする。確かに他の動画も表示されている。だがどれも似ている。静かな風景、ゆっくりとした動き、意味のない映像。ニュースも、バラエティも、見当たらない。


「ニュースとか、見てる?」


一瞬だけ、女子の指が止まる。


「ニュース?」


聞き返し方に違和感がある。知らない言葉を聞いたような反応だった。


「外のこととか」


「……見てないかも」


その答えに迷いはない。疑問もない。ただ、必要ないものとして処理されているようだった。


胸の奥がざわつく。昨日感じた違和感が、少しだけ輪郭を持ち始める。


そのとき、教室のドアが開いた。


担任が入ってくる。いつもの笑顔。だがやはり、額の汗が異様に多い。拭うこともなく、そのまま教壇に立つ。シャツの襟元はすでに湿っているのに、本人は気にしていない様子だった。


「おはよう。みんな、ちゃんと接続できてるね」


教室全体から「はーい」という声が上がる。その返事の揃い方に、思わず息を呑む。音程も、タイミングも、ほとんど同じだった。


担任は満足そうに頷く。


「いいね。これで授業も効率よく進められる」


効率。その言葉が、昨日の“最適化”と重なる。


「今日は新しい取り組みもあるよ」


そう言って、ポケットから透明なケースを取り出す。中には小さなコインのようなものが入っている。中心に微かに光が揺れているように見えた。


「校内通貨だ。いい行動をしたらこれを渡す。社会に出る準備として、お金の使い方を学ぶんだ」


一人の生徒にそれを渡す。


「ありがとうございます」


その声が、わずかに遅れて出る。まるで一度どこかで処理されてから出ているような、不自然な間だった。


「これで校内のいろんなサービスが使えるようになる」


担任は続ける。


「ペットも飼えるようにするよ」


教室がざわめく。だがそのざわめきも、一定の大きさで止まる。広がらない。


「ただし、ルールは守ること。みんなで同じ基準で動くことが大事だ」


“同じ基準”。またその言葉。


ふと、教室の後ろに視線を向ける。空席が一つある。昨日も気になった場所。誰が座っていたのか、やはり思い出せない。


「先生」


思わず声を上げる。


担任がこちらを見る。笑顔のまま、視線だけが少し鋭くなる。


「……昨日、来てなかった人いますよね」


一瞬、教室の空気が止まる。


「誰のことかな?」


担任は穏やかに言う。


「えっと……」


名前が出てこない。喉まで出かかっているのに、引っかかる。周囲を見る。誰もこちらを見ていない。全員がスマホに視線を落としている。


「気のせいじゃない?」


誰かが言う。


「最初からこの人数だよ」


別の誰かが続ける。


その言葉が、自然すぎる。


担任が軽く手を叩く。


「はい、授業を始めよう」


その一言で、空気が切り替わる。さっきまでの違和感が、なかったことのように処理される。


スマホが震える。


視線を落とす。


——最適化が進行中です

——不要な情報を整理しています


指先が冷たくなる。


不要な情報。


それは、さっきの“思い出せない名前”と繋がる。


削られている。


そう思った瞬間、背筋がぞくりとした。


そのとき、教室の後ろで椅子が引かれる音がした。クラスの中心にいる男子が立ち上がる。


「なあ、トイレ行こうぜ」


数人がついていく。特に違和感のない光景。でも、なぜかその後ろ姿が強く印象に残る。


数分後、焦げたような匂いが漂ってきた。


「……なんか臭くない?」


誰かが言う。でも、その声もすぐに消える。誰も動かない。誰も気にしない。


やがて、さっき出ていった生徒たちが戻ってくる。笑っている。何事もなかったように。


ただ一人、中心にいた男子がいない。


「……あれ?」


声が漏れる。


「さっき、一緒に行ったよね」


問いかける。


「誰?」


返ってくる答えは、やはり同じだった。


「最初からいなかったよ」


その瞬間、確信に近い恐怖が胸の奥に落ちた。


消えている。


でも、“消えた”という事実すら消されている。


視線を教室全体に巡らせる。席の配置は自然だ。人数も違和感がない。でも、確実に減っている。


スマホがまた震える。


画面を見る。


——接続状態:安定

——同期率:上昇


同期。


その言葉が、はっきりと意味を持つ。


揃えられている。


思考も、記憶も、認識も。


その中で、自分だけが、少しずれている。


担任がこちらを見る。


笑っている。


でもその目は、確認していた。


「大丈夫。ここは安全だから」


その言葉が、今度ははっきりと怖かった。

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