1日目『夜③』
カップを傾け、最後の一滴まで飲み干す。
最後の、この胡椒混じりでちょっとばかり塩きつめのこの味が、このカップ麺の醍醐味。
「ふう。ご馳走さまでした。」
つい、誰もいないのに言葉が出る。
食べ終わった俺は、座っていた椅子の角度を少しリクライニングダウンし、あの緑の月を眺められるよう、セッティングする。
一体、なんなんだろう。あの月は。
考えても、考えても、よく分からない。
『寝て起きたら、月が緑でしたー』なーんて、SNSで投稿したらさぞかし頭のおかしい投稿者扱いされるだろう。
でも、そもそも俺は昔っからSNSへ投稿したこともないし、知らない親戚から居場所を知られるのを避け、スマホの電源を切っている。
俺に緊急で連絡をとろうとする相手は皆無だし、仮に元嫁が連絡してきたところで、俺が取り次がなくてはいけない理由もない。
本当に、一人になってしまった。
いや、一人になりたくてこうやってキャンピングカーを新調し、住んでたマンション売り払って来たのに。
いざ一人になると、こうムズムズとした焦りというか不安というか、よく分からない気持ちが沸いてくる。
「っっっっっ、ふぅーーー。」
背伸びついでに、深呼吸。
考えても、悩んでも、どうせ答えは出ないんだ。今日は大人しく寝よう、立ち上がり椅子をコンパクトな形へ折り畳む。
食後の片付けをし、焚き火にケトルの余った水を撒こうとしたその時、鳥や風の音とは違う、何かが擦れるような音がした。
熊?いやいや、熊なら擦らない。
焚き火の灯りを消すのに躊躇した俺。すぐさまキャンピングカーの入り口ノブに手を入れると、『ビッ』と電子音が鳴る。指紋解除で開いたドアを素早く開け、中に入る。ドアが自然と閉まり『ビッ』と電子音。
この車は指紋解除式ロックで、かつ、自動ロック機能を搭載しているのだ。
そして、ネックレクを首から外し、とある箱の前に立つ。ネックレスにはこの鍵のついた箱を開けるための鍵がついている。俺自身、あまりこの箱を開けたくはない。けど、この暗闇、緑月が、俺の警戒心を底上げする格好の因子となっていた。
箱の端にある黒いシートに右親指を押し付ける。すると、箱の中央が開き、鍵穴がでる。そに鍵穴にネックレスについていた鍵を入れ、右に90度回す。
そのあと、左に180度回し鍵を押し込むと、『カチャリ』と解錠を告げる音がする。
箱の蓋を開けると、そこにはライフル銃、散弾銃、コンバットボウガン等々。俺自身も武器なんぞ詳しくないからよく分からないが、大きい銃やら小さい銃やら、その玉となる銃弾と矢が納められていた。
俺はキャンピングカー作成を、アメリカにある有名な会社に依頼していた。その会社はキャンピングカーを作らせたら世界一という実力と評判だったのでどうせ金があるならと、そこに完全カスタマイズのバスコンキャンピングカー作成依頼をしたのだ。
完成するまでの一年間で様々な事務処理や法的処理や身辺整理をし、晴れて納品となった。
が、問題は日本に輸送するのは色々大変だということがわかり、なら俺がアメリカに行けばいい!と、アメリカに来て、車を受け取り、キャンピングカー生活を始めたのだった。
最初の1ヶ月はもう色々な目に合ったけど、なんとか軌道に乗ってきたのはここ最近。
日本にもある大手業務用スーパーで食品や雑貨など大量買いし、計算上は半年近く、生活が困ることはないだけの物資を揃えた。
これは俺の愛車が収納実用重視のカスタマイズカーだからなのだが。
そこで、必要なのがこの箱の中身。
ここは銃大国アメリカ。自分の身は自分で守るしかない。
因みに、この車も防弾加工されているらしい。核爆弾とかは無理だろうが、相当の素材を使用したらしい。なんせものすごい金額をかけて作っているから。
俺もよくはわからんけど、作ってくれたその会社のスタッフが言うには、俺の車専用のプロジェクトチームを立ち上げ、男の夢とロマンを惜しみ無くつぎ込んだらしい。
納品の時・・・確かジョンって言ったっけ。そのプロジェクトリーダーに『俺達の夢と理想をつぎ込んだ。本当にありがとう』的なことを泣きながら言われたけど、そのあまりの勢いに対して俺は『テンキュー』しか言えんかった。
まあいろんなオプションがあるのだけど、そのオプションの一つがこの武器。
よもや開ける日がこんなにも早く来るとは思わなかった。
一応、ライセンスも取らされて、指導も受けたけど・・・まさか使うことになろうとは。
その中から小型の銃を取り出す。
ストライカー銃?というやつらしい。武器系とかに全く興味がなかったので、適当に話を流してたのがこんな形でしっぺ返しが来るとは、想像してなかったわ。
音のした方向の窓のカーテンをそっと開ける。
特になにも見えない。というか暗すぎてわからない。
懐中電灯を取り出し、再び同じ窓からそっと懐中電灯を照らす。
やはりなにもない。見えるのは土だけ。
やっぱり緑の月とか見ちゃうくらい精神が疲れてたのかな。そう思った矢先、懐中電灯の先に何かが動いた。
左手の懐中電灯は動かさず、右手の銃を持つ手に力が入る。
まるで、初めて手術室に入った時のような、あの緊張感だ。
こんな局面でも、俺はまだ医者時代の感覚が残ってるんだなと、少し可笑しくなる。
まあ、相手は強盗かもしれないから現状は笑ってられないが。そんなことを思い出しただけで、少し身体の力が抜けた気がした。
集中力を切らさないのには自信がある。そうでないと10時間のオペなんか出来ないから。
光の先を見つめながら、俺は医者だった自分を思い出していたその時、大きな影がゆらりと現れた。
右手の引き金に少し力が入る。
的に向かって撃ったことはあっても、動く生き物に照準すら合わせたことはない。
影は光に当てられ、段々と色帯びていく。
人の形。そしてその骨格から男だろう。
そして、その人影が近づく。
男・・・まだ見た目は10代といったところか。着ているものは安っぽい茶色い被りシャツに、茶色いボロいズボン。木で出来たような靴を履き、その右手には刀のような50センチくらいの木刀を携帯していた。
木刀でも武器所持ってだけで、ぐんと俺の警戒度はうなぎ登り。更に右手に力が入る。
そして少し窓を開け、その男から目を離さないまま、窓の隙間から銃口を向ける。
その間、10秒ほどだろうか。俺にとってはもっと長く体感していたかもしれない。
男は木刀を地面に突き刺し、崩れ混むように膝を着いた。
そして、かすれた、けどよく通った声で話し始めた。
「・た・・・・食べ物を分けてはくれませんかぁ。」
そういうと男はへなりと木刀にもたれ掛かるように頭から崩れ落ちた。
こんなバスコンキャンピングカーはないとは思いますが。




