97話 北九州情勢分析 【地図6】
永禄4年(1561年)4月 安芸 吉田郡山城
「それで、九州の状況はどうなっているのですか?」
チートジジイには、やりすぎたら腎虚になるぞと脅して、懇々とお説教しておきました。せめて半分、十日に二回か三回程度の割合まで、致すのを自重してくれれば良いのですがね。
まあ、あとは本人の気の持ちようですので、私がとやかく言えるのもここまででしょう。奥の女性にも、一応は釘を刺しておいたほうが良いのかも知れませんが。
私やたろさが吉田郡山にいなくても足裏マッサージが出来るように、絵図に描いてある足裏のツボの位置と効能を説明し、それを実際に体験してもらって、毛利元就の近習に足裏マッサージを習得してもらいましょう。
それで、話は変わりまして、ここからは真面目に政治と軍略の話しをしなければなりません。わざわざ吉田郡山までやって来て、チートジジイのお見舞いだけで済ますだなんて、子供のお使いと笑われてしまいますよね。
冒頭に九州の状況を聞いたのは、そういう事です。まあ、年齢的には私は半分子供なんですがね。しかし、これでも一応は戦国大名をやってますので、甘えは許されないのですよ。
「豊前は山国川までは押さえたぞ」
山国川まで押さえたということは、豊前の北半分は完全に毛利の支配下ということで、実質的には豊前の2/3近くは毛利の勢力範囲ですかね? 現代では、ちょうど福岡県と大分県の県境にあたります。
といいますか、いい歳したジジイが得意満面で『押さえたぞ』なんて言っても、私は、どう返事を返したら良いのですかね? 褒めて褒めての子供じゃないのだから…… 『良くやった褒めてつかわす!』とでも言っとけば良いのでしょうか? 返答に困りますよね。
「宇佐は? 宇佐八幡の焼き討ちは私も耳に挟みましたが……」
「うむ、大友が宇佐八幡を焼き打ちする暴挙をしてくれたので、佐田を筆頭に宇佐衆も毛利寄りではあるのじゃが、」
どうやら、この世界では大友に宇佐八幡の加護はなかったようなので一安心であります。宇佐八幡宮を焼き討ちなんかしたら、宇佐衆が反大友で結束してしまう可能性が高いのにね。大友宗麟は何を考えているのでしょうかね?
これは、あれかな? 自分に従わなければ、寺社すらも焼いて自分への恐怖を植え付ける為の示威行為なのかな? 示威じゃなくて、自慰の気がしないでもないですが。あと、既にキリスト教にかぶれ始めている証拠かも知れませんね。
しかしこれで、大友家中のキリスト教を毛嫌いしている家臣に動揺が広がっているのならば、付け入る隙も多々ありそうですし、大友宗麟は史実通りに、順調に転落の道を進んでくれているみたいなので、なによりであります。
鉢屋衆や歩き巫女の報告でも、日の本の各地で突拍子もない奇想天外キテレツな事をしでかした輩などの、おかしな兆候や報告ありませんでしたしね。恐らくは、この世界で転生者は私一人のようなので安心しました。
転生者が複数人なんてのは、異世界ファンタジーかVRMMOもどきの中でやって下さいな。物語の主役は一人でいいのですから。そうでないと、私が困る。私のメッキがボロボロと剥がれ落ちちゃいますので……
「国境の国人衆が日和見な態度なのは、いつの時代でも致し方なしですか」
「そういう事じゃな」
まあ、それでも、毛利が優勢の間は、宇佐衆が裏切る心配は無用でしょうね。宇佐八幡宮を大友宗麟に焼き討ちされてまで、大友に従う義理はないですしね。それでも従うのならば、虐げられるのに喜びを感じてしまうドMと呼ばせてもらいましょう。
しかし、宇佐衆も毛利寄りということは、実質的に豊前の全部が毛利方といっても過言ではないということでしたか。これは上出来の部類ですね。山陰で尼子と血みどろの殴り合いをしないで済んだ分だけ、毛利が九州を切り取るのに全力で取り組めているのでしょうね。
「しかし、豊前は、あと一手か二手で完全に詰みですね」
「その最後の一手が見つからんから、宇佐まで取れとらんのじゃよ。杵築大社の巫女の知恵で、なんぞ見つからんかのぉ」
チートジジイに見つからなければ、私なんかでは見つけようもありませんがな。ここは、ありきたりな事しか言えないけど、一般論を言うしかありませんよね。私に、そんなにも簡単に良い案がポンポンと出てくるのならば、毛利ジジイはとっくの昔に滅亡していますよ?
「宇佐は豊後に近すぎますので、私ならば当面は放置ですかね? 宇佐を豊後との緩衝地帯に残しておいて、その間に筑前や肥前に筑後方面を片付けたほうが良いかと愚考します」
「やはり、それしかないかの……」
そんなに残念がられたら、なんだか私が悪いみたいじゃないですか。私は無実ですってば! でも、宇佐を当面の間は放置する案は、現実に則しているベターな案だと思うのだけどなぁ。
代案がないこともないのですが、私が思い付くぐらいなのだから、当然ですが毛利元就も思い付いたはずなんだよね。でも、一応は言ってみますか。
「強いて挙げるとすれば、浦部衆ですかね?」
「それは、ワシも考えたのじゃが、」
ほら、やっぱりね。うん? でも、語尾が濁ってましたね。
「考えたのじゃが? 続きは?」
「手土産がない」
なるへそ。浦部衆を毛利に付かせる手土産がないから、この案はボツになったわけでしたか。
「簡単なことではありませんか?」
「簡単ではないから、こうして悩んでおるのだぞ?」
そうかな? 浦部衆は水軍なんだから、水軍の仕事、つまりは、荷運びの仕事を回してあげるだけじゃダメなのかな? 仕事を回してあげないと、姫島近海の周防灘で海賊稼業に精を出しそうで怖いのですが。
「博多と堺を結ぶ海運に、浦部衆を一枚噛ませてあげれば良いのではありませんか? どのみち姫島の近くを船は通るのですし」
「しかし、アレは村上や乃美の縄張りじゃ」
あー、なるほどね。毛利方の水軍衆に遠慮して、浦部を引き込む餌にまでは出来ないということで、初めから諦めていたのでしたか。国人連合の寄せ集めの盟主という立場の毛利元就と、曲がりなりにも大名独裁という立場の私との視点の違いなのかも知れませんね。
「これからは、もっともっと瀬戸内を往来する船の需要は高まるはずですよ。それこそ、村上や乃美だけでは手が足らなくなるぐらいに」
「確かに、馬関海峡を抜ける船の数は多くなっている…… そういう事か」
「はい。それに、馬関を抜けて瀬戸内に入った船は姫島の横を通るのですから、浦部衆を使わないのを彼等は不満に思っているはすです」
「大友配下の浦部衆は使えんじゃろうて」
「だから、あえて使ってあげるのですよ」
忙しい時期は、既に浦部衆も傭車ならぬ傭船で使われているはずですしね。その辺の細かいことは、水軍衆は気にも止めない気質のはずだと思いますので。海の男には、毛利も大友も大して関係なかったりするのですよ。
まあ、それだからこそ、チートジジイですら、水軍衆には気を遣っているとも言えるのですけれども。アイツらは、気が向かなかったら直ぐにヘソを曲げちゃう我儘な側面もありますしね。
要するに、気分屋が多いんですよ。元は海賊でヤクザな稼業の人たちですしね。
「なるほど、姫は発想が逆なのだな」
「浦部衆が義父上様に付けば、田原も芽が出るのでは? まあ、同じ国東半島が地盤の吉弘が五月蝿そうではありますけど」
「姫巫女は恐ろしい事を思い付くのぉ」
なにが恐ろしいんだ? 田原が大友宗麟から疎まれているのはジジイも知っているはずだが? といいますか確か、ジジイがそうなるように仕向けてなかったかな? つまり、一番恐ろしいのは、私の目の前に居る老人ということで、私の脳内での投票で決まりました。
この老人、寝ていたはずなのに、私の知らん間に、起き上がってますし…… あれですかね? 毛利ジジイは、策謀を張り巡らしている時が一番、活き活きとしてしまう人種ってコトですかね? そうなんだろうね……
いかん、思考が脱線した。
「人は利によってのみ動くは言い過ぎだけど、あながち間違いでもないでしょ?」
「そうじゃの。ワシもまだまだ未熟じゃたわい」
義父上様が未熟者だったら、この時代に生きる戦国大名と戦国武将の全てがミジンコになってしまうがな。極一部のジジイの同類を除いてではありますが。
そうじゃなくって、豊前の話はこれで良いとして、お次は筑前です。
「それで、筑前の状況は?」
「遠賀郡、鞍手郡、宗像郡は完全に毛利方じゃな」
「秋月も筑紫も原田も毛利方よね?」
「そうじゃな」
ふむ。そうなりますと、これは恐らく…… ここは一つ、カマ掛けも駆け引きもせずに、ストレートに聞いてみますか?
「義父上様のことだから、どうせ立花と高橋にも手を伸ばしているのでしょ?」
「た、玉殿は、その話をどこで!?」
おろ? 隆もっちゃんが慌てるということは、ビンゴでしたか。しかし、毛利隆元は、もう少し腹芸を身に付けたほうが良い気がしますね。まあ、私も偉そうなことは言えませんでしたね。私はタメを作るのが苦手で、短絡的な性格ですしね。
しかし、もう既に私は半分身内みたいなモノですから、ある程度は気を許しているから、隆もっちゃんも素が出てしまったのかも知れませんけれども。
「いや、義父上様なら立花や高橋に唾付けることぐらい平気でやるでしょ? 実際に、私も南条と日野衆でやられているわけだし」
「さ、左様でしたな…… 玉殿の経験則でしたか」
「そんな事もあったかのぉ? 最近は歳のせいか物忘れが酷くてのぉ」
このジジイは、なにを、すっとぼけてやがりますかね? なに、『玉さんや、ご飯はまだかのぉ』これを地でやってるんですかね? これは、私が、『お爺ちゃん、ご飯はさっき食べたばっかでしょ』そう言い返せばいいんですかね?
まあ、チートジジイが扇動してくれたおかげで、私も小五月蝿い伯耆の国人領主たちを一網打尽に出来たのですから、結果論としてはあれで良かったのですがね。尼子の直轄領も増えて一石二鳥でしたしね!
私が逆に、毛利ジジイに感謝しなければならない気もしないでもありません。でも、伯耆の件では絶対に、ありがとうだなんて、口が裂けても言ってあげないけどさ。
「あったらしいのですよ。その節はお世話になりましたわ。おほほほほ」
「なに、礼には及ばんわい」
無視、無視! こんなジジイに真面目に付き合ってたら、こっちの身が持たないのだからスルーするに限ります。私と、こんなアホなやり取りをしていも調略の手は抜いていないのが、チートジジイのチートジジイたる所以なのですがね。
サッサと毛利元就を味方に引きずり込んでおいて、本当に正解だったよ。こんな搦め手ばかり使う化け物の相手をずっとし続けていたら、神経が磨り減って過労死しちゃいそうですしね。
「それで、義父上様の得意な手だから、恐らくは大友内部にも手を伸ばしていると考えたまでですよ」
「なるほど……」
「ふははははっ! さすがは姫巫女じゃな。よくぞ気付いた」
あー、やっぱりでしたか。気付いたというよりも、前世の記憶的に多分そうなんだろうなぁってインチキを使ったのですがね。インチキ万歳!
「それじゃあ、志摩糸島の臼杵は半分孤立しているわけね」
「そういう事じゃな」
臼杵とは、糸島半島にある柑子岳城を本拠地にしている大友の重臣のことです。臼杵の名前の通り、元々は豊後の臼杵が本貫地だったらしいのですが、どうやら筑前に加増転封されたみたいですね。
しかし、こうやって毛利ジジイから話を聞いてみて、筑前の地図を頭に描いてみると、筑前のほぼ全てが毛利方という事実に気付かされますよね。それも、そのほとんどが調略によって毛利に味方しているのですから、空恐ろしさを覚えますよね。
あれ? そういえば、臼杵鑑続が死んだのって、丁度このぐらいの時期じゃなかったっけ? まあ、それほど詳しく知っているわけでもありませんので、少々心許ないのではありますけど。弟の臼杵鑑速の方が有名ですしね。
大友の重臣とはいっても、マイナー武将には変わりはありませんので、臼杵鑑続の死亡時期を逆に知っていたら、マニアックすぎて戦国検定一級に合格しちゃう水準ですよね。まあ、そんな検定が前世であったかどうかまでは知らないけどさ。
高橋紹運クラスにでも成れば、知っている人も多い気もしますが。それはともかく、確かめておくに越したことはありません。
「義父上様に、一つお聞きしたいのですが、」
「ん? ワシの知ってる事であれば答えるぞい」
「柑子岳城の臼杵鑑続って、まだ生きてます?」
「なんじゃ? まるで臼杵鑑続が死んでるような言い方で…わ? 姫は、臼杵鑑続が既に亡くなっていると申すのか!?」
えーと……? 聞きたいのは私のほうなんですけど? 突然、毛利元就の声のトーンが、好々爺のそれから戦国武将のソレへと変化して怖いんですけど。なんか、ジジイの琴線に触れるようなことを言ったかなぁ……?
「いえ、その確信がないから義父上様に聞いたのですけど?」
「いや、十分にあり得ることじゃ! ワシとした事が抜かった!」
「父上、大友が臼杵鑑続の死を隠していたとでも?」
「そうじゃ、ヤツのここ最近の動向は掴めておらんのじゃから、死んでいても不思議ではなかったのじゃ!」
なるほど、臼杵鑑続が死んでいるのならば、大友の筑前での最後の砦に穴が開いたも同然ということでしたか。まあ、私は九州の事柄は直接の当事者ではありませんので、当事者意識が欠落して嗅覚も鈍っても仕方がないと、言い訳をしておきましょうかね。
「これが本当だとすれば、筑前から大友勢力を一掃する好機ですね」
「そうじゃの、姫には感謝致しますぞ。隆元、直ぐにでも世鬼と神屋に確認を取らせろ!」
「御意っ!」
おおぅ、なんだか、毛利は忙しくなりそうな気配ですね。
といいますか、私が話したかった事は、九州の情勢だけじゃなかったんだよー!
失敗した。
おかしい… 3話使ってもまだ吉田郡山城から抜け出せないとは!?




