95話 亀甲
永禄4年(1561年)4月 安芸 吉田郡山城
「義父上様、お加減は如何ですか?」
お元気ですか?
私の目の前には、布団に入って横たわっている老人が一人。西国の巨人とも戦国の梟雄とも言われている御仁であります。陶と大内を滅ぼし、史実では尼子さえも滅ぼして中国地方を完全に制圧して、四国と北九州にまで勢力を拡大した戦国乱世の巨星なのですが、
こうやって見ると、ただ普通の好々爺にしか見えないのが不思議ですよね。この老人は、人は見かけによらないの典型なのかも知れませんね。
「おお、姫か。よくぞ参られた。遅ればせながら、従五位上、出雲斎宮勅別当への叙任を言祝ぎますぞ」
「ありがとうございます」
チートジジイのお見舞いに来たはずなのに、逆に私が気を遣われてしまったでござる。まあ、気を遣える程度には大丈夫ということで、一安心なのですがね。そんなに顔色も悪くなさそうですし、良かった良かった。
「京の都は如何であったかな?」
「とても都とは思えないほど荒廃していましたね。まあ、さすがに人は多かったですが」
「左様であったか……」
「その代わり、堺の町は栄えてましたね」
堺の町は、この時代で一番栄えている町といっても過言ではないでしょう。各地の色々な名産や珍品も、お土産に一杯買い込めるほど物も品も溢れていましたしね。
「さすがは商人の町といったところかの?」
「畿内も戦乱が続いてますので、儲かっているのでしょうね」
「なるほど…… それで、姫は三好をどう見たのじゃ?」
うげー、それを聞きますかね? まあ、実質的な天下人である三好長慶に私が会ってきたのだから、人伝であっても三好長慶の人物像を聞きたいのは、戦国大名としては当たり前の話ではあるのですがね。
また、そうでなくては、為政者失格の烙印を押されてしまいますし。
「修理大夫殿が存命のうちは、なんとか大丈夫だとは思いますが、」
「思いますが? 修理大夫殿が亡くなったら、危ういという事じゃな?」
「ええ、芥川山城を息子の筑前守義長に譲って、修理大夫殿自身は、飯盛山城に引っ込んでしまったのも問題かと」
「二頭政治という事か……」
「公方様を含めたら、三頭政治よ」
自分で言っておいてなんですけど、思わず、三つ首のケルベロスやヒュドラを想像してしまったではありませんか。この想像上の化け物は、頭が三つでもちゃんと身体は動かせるのですが、これが三頭政治には当て嵌まらないのがネックなんですよね。
三者三様に、てんでバラバラな命令を下すのが三頭政治なのですから、下の者は何を優先して動けばいいのか迷ってしまうのです。三好が朝に出した命令を、公方様が夕方に取り消すだなんて、朝令暮改も日常茶飯事に起こりそうで怖いですよね。
「そうじゃったな」
「それに、私が見た感じの所見では、修理大夫殿は覇気に乏しかったのよ」
「覇気に乏しい?」
史実の三好長慶も飯盛山城に引っ込んでからは、連歌や茶会に現を抜かしていたみたいな記述があった記憶がありますけど、私が実際に会ってみた感じでも、三好長慶は戦国大名や天下人といった感じよりも、雅が好きな風流人といいますか数寄者といいますか、
遊び人は言い過ぎかも知れませんが、とにかく、そんな感じの印象を受けたのです。よっぽど、松永久秀のほうが戦国大名をしていましたね。
「ええ、建前上は隠居していても、普通は権力までは手放さないでしょ?」
「ワシの場合もそうじゃのぉ。ということは……?」
「うん、政に興味を失ってたわ」
「そうか、三好は危ういという事じゃな」
あー、毛利ジジイは、大内義隆が政治に興味を失った一部始終を知っているから、三好の末路も簡単に予測出来てしまうのでしたか。まあ、大内義隆がああなってしまったのは、尼子の所為でもあるのだけどさ。
うん……?
いま、思った。尼子が月山富田城の籠城戦で、大内義隆の義息子である大内晴持を殺さなかったら、大毛利は生まれなかった可能性もあったのか? なんという、歴史の因果……
まあ、実際に大内晴持を殺したのは尼子ではなくて、月山富田城からの退却戦時に尼子の猛攻を受けて、慌てふためいた味方の足軽が舟を転覆させてしまって、中海に落ちて溺死したというオチなのですが、それは些細な事でしたね。
「まだ、三好の重臣の松永弾正が切り盛りしているから回ってはいるけどね」
「松永弾正のぉ……」
「義父上様と同類だから、多分、義父上様とは話が合う御仁だと思うよ」
チートジジイとボンバーマンと宇喜多直家の三人を集めて、お茶会や宴会でもしたら、そこに近寄る者は、三人のどす黒いオーラに当てられてしまって、泡を吹いて気絶してしまいそうですよね。
「やはり、裏道が好きな輩であったか」
「三好に対しての忠義はある感じはしたけどね」
「なるほどのぉ…… いや、教えてくれて感謝致す」
「お役に立てたのであれば幸いです」
まあ、私と尼子にとって毛利は大切な同盟相手なのですから、これくらいの事はしてあげないとね。チートジジイも三好の内情を私から聞いて、裏が取れた程度の気持ちでしょうしね。
「なに、十分じゃよ。それで、太郎左も息災であったか?」
「はっ、尼子家中では良くして頂いておりまする」
毛利元就倒れるの報に、慌てて吉田郡山城に駆け付けたのです。当然ですが、毛利ジジイの息子である、たろさも一緒であります。知らせを受け取った時に、『あれ? 毛利元就って、まだあと10年ぐらいは死なないはずじゃね?』とか、前世の記憶的に思った
のですけど、私が歴史をしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回してしまったので、齟齬が出てしまったのかも知れませんね。あー、でも、そういえば、毛利元就って永禄年間に入ってから、度々体調を崩していたような気もしましたか。
まあ、毛利元就も私にジジイ呼ばわりされる歳ですし、体調を崩すこともあり得るのでしょうね。
「そうか、それは重畳じゃ。太郎左も従五位下、左衛門佐を賜ったようで目出度いのぉ」
「ははっ」
「朝廷には朝廷の都合があったのでしょうが、小早川殿のことを思えば、たろさの官職は少し複雑な気持ちになりますね」
「隆景兄様には、申し訳ない次第で……」
「なんの、隆景の左衛門佐は僭称なのじゃから、姫と太郎左が気を病む必要はこれっぽちもないわ」
まあ、たろさの左衛門佐は、誰もケチの付けようがない朝廷が与えてくれた正当な左衛門佐だもんね。チートジジイも本音はどうあれ、建前上はそう言うしかないよね。
「義父上様にそう言って頂けると、私もたろさも助かります」
「うむ。そういえば、備後守護職の件では、公方様に口を利いてもらったようで、玉姫には世話になったのぉ。礼を言わせて頂きますぞ」
「某からも、玉殿には感謝しますぞ」
「いえ、義父上様も大膳大夫殿も、その儀はご無用にて」
私には私の都合があって、毛利に備後守護職を押し付けたのですしね。これで、備後の毛利方の国人領主が、隆もっちゃんに敬意を持ってくれれば、それで御の字なのですから。特に私が、山内と宮の諍いに割って入った時に、ついでとばかりに領地を奪って
しまった和智とかが、毛利隆元が備後守護職に任命されたことで大人しくなってくれたら良いのですけれども。一応は、老婆心から忠告しておいたほうが良いのかも知れませんね。あー、でも、これって、毛利家中への内政干渉だよなぁ。
どうすんべ?
毛利隆元って史実では、和智に毒殺された可能性も否定出来なかったはずなんだよね。その事実に、隆もっちゃんが亡くなった後で、ジジイが和智や怪しそうな周囲の人間を纏めて処分したという歴史があった気がしますし。
そう考えれば、なんで毛利隆元を暗殺したのか? その動機までは謎ですけど、チートジジイが怒り狂って和智を処分したということは、和智は限りなく黒ってことですよね?
歴史の揺り戻しとか、歴史の修正力なんて言葉は信じたくはありませんけど、この世界では、私が和智の領地を奪ってしまったのがキーとなって、事案が発生する可能性も否定が出来ないのか。
ここは一つ、危険になりそうな芽は早めに摘み取っておいたほうが無難そうですね。
「大膳大夫殿に、一つお聞きしたいのですが、」
「なんでござろう?」
「和智殿には、私に奪われた領地の替え地を与えていますか?」
「いや、あの時の騒動では、和智は宮に加勢したのだから、玉殿に領地を奪われたのは自業自得なのじゃから、毛利からの補填は無しじゃの。それがなにか?」
あちゃー、やっぱ普通はそうなりますよね。こうなりますと、和智は備後の三谿郡にあった和知村や向江田村とか合わせて5村を失ったままなのですから、当然ですけど生活は困窮しているはずですよね。これは、ちと不味いかも知れませんね。
人は奪われた恨みを引きずる生き物なのですから。本当ならば、その恨みは私に向かうはずなのですが、時によっては、その恨みの矛先に変化が生じるのも、人の不思議な側面だと思います。
「大膳大夫殿には、いらんお節介かも知れませんが、一つ警告としてお聞き下さい」
「警告とは穏やかではございませんな」
「和智には気を付けください」
「まさか、某が和智に代わりの領地を与えなかったから、玉殿の代わりに恨まれているとでも?」
尼子は毛利と同盟を結んでしまったので、いまさら尼子から領地を奪い返すのは不可能に等しいのですから、この場合では、和智の恨みの矛先は、代替えの領地を与えなかった隆もっちゃんに向かうのは必然なのかも知れません。
「そのまさかですよ」
「うーむ……」
「なに、それじゃったら、姫が三谿郡を和智に返してあげたら万事丸く収まるじゃろうよ」
なぬ!? 墓穴を掘ってしまったのか? ジジイは、いらんこと言うなや! 私が身を切るのではなくて、毛利自身に身を切らせようと思っていたのにぃぃぃ!
まあ、三谿郡は私の直轄領になっていますので、毛利といいますか和智に返そうと思ったら返せないこともないのだけどさぁ……
でも、チートジジイが言う通りであって、それで丸く収まるのであれば、必要な犠牲なのかも知れませんね。三谿郡の領地の代わりに、備前と備中を貰っているので私も文句を言い辛いのですよ。お釣りがの方が重たすぎますしね。
はぁ…… でも、なんか、ヤダな。しかしこれで、毛利と和智に恩を売れると考えれば、三谿郡程度だったら安いのかも知れませんね。たったの5村ですしね。
「はぁ~、分かりました。備前と備中の高梁川以東を譲って頂いた恩もございますから、三谿郡は和智に返還しましょう」
「うむ、済まんのぉ」
「まったく、義父上様には敵いませんね」
「かっかっかっ! 亀の甲より年の功じゃよ」
むぅ、チートジジイは、ただ単に故事を言っただけではなくて、亀の甲は、出雲国造の二重亀甲。つまり、杵築大社の巫女である私にも掛けてるように聞こえるのは、私の被害妄想ですかね?
『まだまだ青い。精進しろ』そう聞こえるのですけど……
そりゃまあ、確かに私は若いですよ? 現代でいったら、私は花も羨むピチピチの女子中学生ですから! それなのに、なんで、戦国時代でオッサン連中に囲まれて大名なんかやってんだろ?
解せん……
まあ、それはともかく、三谿郡の返還で和智の不満は解消するでしょうし、これで毛利隆元の死亡フラグもへし折れた感じですので、万事オッケーってな具合ですね! 源五郎兄ぃのお嫁さんに来る、和歌ちゃんのパパを早死にさせるのは忍びないもんね。
うむうむ、私ってば、また一つ善を成して歴史を改変してしまったようですね。自分の才能が怖くなっちゃいますよね!
やらない善よりやる偽善も、たまには良いと思いますよ?
サブタイに偽りなし!




