94話 軍制改革
前話を加筆修正しました。
永禄4年(1561年)3月 出雲 月山富田城
「つまりは、大宝律令だか養老律令だかで定められた、近衛府と衛門府と兵衛府の官職を合わせたモノだと理解してくれれば良いのよ」
「なるほど、おおよそは分かり申した」
現在、多胡爺を筆頭に重臣たちに説明をしている内容はといいますと、尼子軍の軍制度の改革の話をしているのです。指揮命令系統の序列化、指揮権の継承順位等をキチンと決めておかねば、
いつ何時かにでも、思わぬ所で足元を掬われかねませんので、この話は重要なのであります。
私の私案ではありますけど、
総大将は当然ながら大将。以下、中将、少将、大佐、少佐、大尉、少尉、以下足軽雑兵といった区分であります。
中佐と中尉が無いのは、養老令の官職にもないのと、そこまで細分化する必要性もないということですね。
「私が出陣しているのならば、総大将は私だから命令の混乱は少ないはずだけれども、問題は、私が戦場に出張ってない時が問題なんだよ」
「姫様御自身が常に戦場に出陣出来るとは限りませんからのぉ」
「姫様は我々の指揮に、ご不満がおありなのですかな?」
ひぇー、越中さん睨まないで下さい。尼子随一の猛将のプライドを傷付けちゃったのかな? 普段は酒飲みのイメージしかないのに…… 越中は普段がアレですから、凄まれると余計に怖いですね。飲兵衛のクセに生意気な!
でも、ここは穏便に下手に出て相手のプライドを満足させねばなりませんね。はぁ~、人の上に立つのも、それはそれで楽ではないのですよ。気苦労が絶えないですしね。
「あなた達、一人一人の指揮に不満はないわよ。実際に私なんかよりも、ずっと上手く各々の軍勢は動かせるのだしね」
「では、何が問題なのですかな?」
ここがポイントですね。ここで、一気呵成に相手を納得させれるような論を展開出来なければ、軍制改革など夢のまた夢に終わってしまうのですから、気を引き締め直して掛からねばなりません。
ここは一つ例として、但馬を上げて説明するのが分かりやすそうな気がしますね。どうせ来年か再来年には、但馬の攻略をするつもりなのですから、ちょうど良いタイミングですしね。
但馬については、尼子が攻め入る大義名分は既に整っていますので、攻めようと思えば、いつでも攻め入ることは出来るのですがね。でも、その前に尼子領内の国力を充実させる事のほうが優先課題ですので、但馬攻略は来年以降にお預けなのであります。
戦ばっかりしていて内政を疎かにすれば、国は荒廃するばかりですしね。私としても、国内が荒廃して外征で稼ぐような真似、『尼子の興廃この一戦にあり』だなんて、馬鹿なセリフは言いたくはありませんので。
荒廃してしまったら、既に興廃の一戦もクソもないんだよ。興廃の一戦で高配を狙うだなんてリスキーすぎるのですよ。まあ、少し駄洒落がすぎてしまったかも知れませんね。失礼しました。
つまり、なにが言いたいのかといいますと、自分の国は自分で守る。国を富ませ豊かにすれば、それだけ国が荒廃するのを防げるのですから。内政って、とても大切な仕事なんですよ。
それなのに、地味な仕事を嫌がってやらない連中の多いこと多いこと…… おまえら全員、佐摩の銀山か鷺銅山に放り込んでやるぞ! それが嫌なら、竹島にでも行くか? 竹島は、自然が豊かで笑顔も溢れ、遣り甲斐のあるアットホームな職場です。
といいますか、遣り甲斐のある職場とか笑顔が溢れる職場って、ブラック臭がプンプン臭ってくる気がするのは、私の気のせいですかね? もっと具体的な業務内容を知らせるべきではないのか? と、老婆心ながらも、そう思わずにはいられません。
話が逸れた。
「例えば、但馬に攻め入るとして仮定の話をするけど、その場合には、因幡旗頭の山名豊通が先手の大将に成るよね?」
「左様ですな」
我が尼子軍の特徴は、攻め入る他国に一番近い領国の旗頭が先手の大将に抜擢されるのが慣例なのです。まあ、この時代では、他の戦国大名の軍制でも似たり寄ったりだと思いますので、オーソドックスな軍制ではあるのですがね。
ですが、今回はこれを含めて抜本的にメスを入れて、軍制改革をしたいと思っている次第であります。
「でも、因幡勢だけでは但馬を攻略できないから、援軍が必要だよね?」
「それは当然ですな」
まずは、前提条件の確認から。因幡の兵力だけで但馬を落とせるのならば、それに越したことはないのですが、国力的には但馬のほうが因幡に比べて三割近くは高いのですから、因幡勢単独での但馬攻略は非常に厳しいのが現状です。
「援軍には伯耆旗頭の牛尾久信も居れば、美作旗頭の川副久盛も居るはずだよね?」
「それ以外にも、某を含め本城殿や横道殿の石見衆と、姫様直轄の国造衆に松田殿や亀井殿、佐世殿の出雲衆も、当然ですが援軍には加わりますな」
うむ、多胡爺は、私が言い足りなかった部分を補足してナイスフォローをしてくれますね。これぞ、側近の仕事って感じですかね?
「で、ここからが問題。私が出陣出来なかった場合には、誰が総大将になるのかな?」
「それは、重臣の誰かがとしか言いようがありませんな」
「そうでしょ? 私が一々総大将を指名しなければ、私の代わりの総大将が決まらないこと自体も問題なのよ」
「うーむ……」
「それに、各国の旗頭は、古参重臣の川副も中堅の牛尾久信も新参の山名や宇喜多も、建前の上では同格だよ」
「左様でございましたな」
尼子家中の序列は、当主→一族→御由緒家→家老→各国旗頭→中老→以下…etc…みたいな順番で、一応の序列はあるにはあるのですが、それも完全に固まっている訳ではありませんしね。
「まあ、源五郎兄ぃかたろさが出陣するのなら、お飾りには出来るけどね」
「左様ですな」
「でも、尼子は大きく成ったのだから、これからの戦では、尼子の一族が誰も出陣出来ない場合だって、多々あると思うのよ」
「うーむ……」
もしかしたら、多方面で同時進行的に戦線を抱え込む破目になることだって、十分にあり得る、起こり得るのですから。
「姫様は、但馬と播磨を同時に攻めるおつもりなのでございますか?」
「叔父上、例えばの話だよ」
播磨の方から攻めてこない限りは、基本的に播磨は放置しておく方針だしね。敵は一つに絞ったほうが得策なのです。
「松田殿の勇み足でござったな」
「お恥ずかしい限りで」
さて、ここからが問題の核心の一つであります。
「それで、万が一にも総大将が討ち死になんて事になれば、その戦はどうなるのかな?」
「万が一にも総大将が討ち死になどになれば、その戦は負けですな」
「他国を切り取っている最中であったら、負け戦を認めて手仕舞いにするのも、ありっちゃありだけどさ」
「姫様、その場合では、戦を手仕舞いにせざるを得ないのですぞ?」
そう、この時代の合戦では、総大将の討ち死にイコール戦の敗北なのであります。もう、九割九分は負け戦になっているといっても過言ではありません。
だがしかし、
「でもこれが、出雲での防衛戦の場合だったら、総大将の私が討ち死にでもしたら、即座に敵に降伏でもするのかな?」
「それは、武士の矜恃に掛けてもあり得ませぬぞ!」
「左様じゃ!」
「徹底抗戦あるのみじゃわい!」
「「「そうじゃ、そうじゃ!」」」
うむうむ、みんな勇ましいですね。良きかな良きかな。まあ、民のことを思えば、さっさと降伏したほうが良いと思うのですけれども、それは言わぬが花ってもんでしょうか。私も少しは空気を読めるのです。
これでも、私も一応は前世よりかは、少しは成長しているのです。多分だけど。
「そうだよね。普通は、たろさか源五郎兄ぃか又七郎を私の代わりの総大将に据えて、戦を継続するよね?」
「左様でござりまする」
「又七郎だったら、陣代を置く必要があるしね。その陣代を決める優先順位の為にも、指揮権の序列は必要なんだよ」
「それは確かに、姫様が仰る通りにござりますな」
うん、みんな指揮命令系統と序列の必要性を段々と理解してくれていますね。
「それで、話を敵国に攻め入ってる場合に戻すけど、ほぼ軍勢は無傷なのに、総大将だけ狙撃によって討ち死になんて場合もあるかも知れないでしょ?」
「ほぼあり得ませんが、絶対に無いとは言い切れませんのぉ」
「そうでしょ? それで、戦は攻めるよりも退却する時のほうが難しいのだから、攻撃を続行するほうが味方の損害が少なくて済むかも知れない場合もあると思うのよ」
負け戦の退却時が一番危ないともいいますしね。野盗のみならず、普段は大人しい農民でさえ、落ち武者狩りに化けるのですから。この時代では、人を殺すのを躊躇ったり、忌避感を持っている人間のほうが少ないのかも知れませんね。
いかに人の命が安い時代なのかが、とても良く分かるというモノであります。
ですので、退却戦が辛い逃避行になるのであるのならば、逆にその場に踏み止まって戦ってもあまり変わらないんじゃね? という、パラダイムシフトといいますかベクトルの変換といいますか、とにかく、発想の転換をしてみた訳なのですよ。
落ち武者狩りに遭って死ぬ運命ならば、敵と戦って死ぬのも結果は同じ死なのですから、どうせ死ぬのであれば、有意義な死を選択させてあげましょうという、私なりの仏心ですかね?
真面目な話、固まって集団で行動するほうが、バラバラになって退却するよりも生存する確率が高いと思いませんか? そう、これは確立の問題なのです。けして、私が負けを認めたくないとかではありませんのであしからず。
「うーむ……」
「それは、姫様が仰る事も一理ございまするな」
「そういう場合に備えて、次席の指揮官をちゃんと決めておきたいんだよ」
「なるほどのぉ……」
「確かに、総大将が討ち死にして混乱している場を収めるのにも、次の指揮官を予め先に選んでおくのは重要かも知れませんな」
「そうでしょ? 仮に退却するにしても、殿軍を誰に任せるとかも必要だし、統制を保ったまま撤退するのにも指揮命令系統の確立は有効なのよ」
軍にとって、なにが一番必要かと問われれば、私は間違いなく、『統制』と答えるでしょうね。統制が取れなければ、いくらその軍勢が最新の装備を身に着けていたとしても、その集団は烏合の衆と化すのですから。
統制とは、それほどまでに大事なことなのであります。
「なるほど…… 姫様は、そこまでお考えであったとは、拙者が浅はかでござった」
「万が一の負け戦の場合でも、一人でも多くの将兵をなるべく安全に尼子領内に帰還させる為にもね」
「姫様はお優しいですな」
ふっ、照れるぜ!
まあ、本音の半分は、人的資源の悪戯な消耗が嫌なだけなんですけどね! 兵を訓練するのには、金も時間も掛かるんだよぉぉぉ! 訓練された兵は宝であります。
それを安易に落ち武者狩りに狩らせるだなんて、とんでもない!
つまり、
「私が目指すのは、総大将が討ち死にしても微動だにしない、鉄の意志を持った鋼のような軍団なんだよ!」
「「「「おおーっ!!」」」」
まあ、本当は近代以降の軍隊みたいに、
元帥、大将、中将、少将、大佐、中佐、少佐、大尉、中尉、少尉、曹長、一等軍曹、二等軍曹、伍長、上等兵、一等兵、二等兵、三等兵、
とかの階級にしたかったのですけど、現時点では、そこまで事細かなことを求めるのは酷というモノだと思いますし、こればかりは仕方ありませんね。まあ、そこまでの必要性もなかったのでしたね。
ちなみに、上級大将って中二っぽくって格好良いと思いません?
更新はボチボチになります。




