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59話 翡翠


 永禄2年(1559年)9月中旬 安芸 吉田郡山城 毛利元就



「父上、今年は領内のほぼ全てで米が不作です」


「うむ、頭の痛い問題じゃな」


「左様ですな。既に神屋に堺と博多で米の買い付けをするように頼んではいますが……」



 既に米の不足を見越して手を打っているとはの。さすがは領内の仕置きでは、ワシをも唸らせる手腕を発揮する隆元といったところじゃな。じゃがしかし、



「それでも来年の夏に米が足らぬ恐れがあるのじゃな?」


「はい」


「麦を蒔く田畑を増やせば良かろう。丁度、玉姫からも冬蒔きの麦の作付けを増やすようにと文を寄越してくれおったわ」


「玉姫がですか?」


「ほれ。わざわざ自筆で書き送ってきたぞい」


「拝見いたします。 ……これは童が書いた文字ですな」


「まあ、玉姫の書く文字は独特じゃのぉ」


「これは慣れないと癖が強すぎて読み難いですな」


「まあ、童にも読みやすそうな文字ではあるのじゃがな」



 玉姫は童に毛が生えた小娘であったか。いや、毛が生えてるかまでは知らんがの。 ……まだ生えてなさそうじゃな。

 そうではのうて、童にも……? そうか、逆にワシらが書く文字の方が問題が多いということなのか。これは、玉姫の書く文字を真似するのも一考の余地があるやも知れんのぉ。



「玉姫は来年に起こるかも知れないであろう危険な目を事前に摘み取っておきたかったのじゃろうて」


「父上は毛利が玉姫に信用されていないとお考えですか?」


「ある程度の信用はあるじゃろうが、人は食べねば生きては行けんからのぉ」


「左様にございましたな。それで玉姫は早々に手を打ってきたということでしたか」


「そういうことじゃな」


「やはり玉姫は侮れませんな」



 ……侮ったら毛利が滅ぶわい。






 永禄2年(1559年)9月下旬 出雲 月山富田城



「姫様、姫様のお告げの通りに大佐山から、それらしき石が見つかりました」


「美作、よくやったわ!」



 お元気ですか?


 杵築大社の巫女をしていたと思ったら、最近では専ら月山富田城で戦国の女大名。尼子家の当主なんぞしている時間の方が圧倒的に長いのが玉に瑕の玉です。駄洒落じゃないよ?


 残念ながら今年の凶作と来年の飢饉が確定しているのであります。それで、なにをしているのかといいますと、働かざる者食うべからずの時代ですので、ちゃんと仕事をしていますよ。前世のニート時代が懐かしいぜ。


 私がいま美作と言った人物は美作守を称している川副久盛のことです。今年の初めにあった尼子家の内乱では、兄の義久側に付いていたのですが、義久が鹿之介君に討ち取られてからは私に恭順したのであります。

 それで、大佐山というのは備中の阿賀郡にある山のことです。21世紀でいいますと姫新線の刑部駅の辺りにある山ですね。



「ははっ、こちらになりまする。ご検分下さい」


「緑がかってますね。おひいさま、この石は何でしょうか?」


「翡翠よ」


「翡翠? 勾玉に使われる石とは違うのですか?」


「春姉、玉造で採れて勾玉に使われている石は瑪瑙だよ」


「ふむふむ」



 ふむふむなんて春姉は言ってるけど、この顔は絶対理解してない顔だな。まあ鉱物の専門家でもない限りは翡翠も瑪瑙も綺麗な石としか思えないもんね。私だって前世の記憶がなかったら春姉と同じ反応をするかもしれないしね。



「姫様、飯石郡の掛合村近郊でも某の手の者が、その石と似た物、翡翠らしき物を見つけましたぞ」


「多胡爺もでかしたわ」


「ありがたき幸せ。姫様と金山彦神のおかげですな」



 おー! さすがは多胡爺だね。金山彦神だけじゃなくて私のおかげって良く分かってるじゃないの。まあ、全部が私の記憶にあるぐーぐる先生やうぃき先生とかインチキのおかげなんですけれども、それは言わぬが花ってもんでしょう。

 偶然でしたが、尼子の領内で翡翠の原石が採取できたのは僥倖でしたね。それも二ヶ所で。さすがに翡翠で有名な糸魚川や姫川、越中の宮崎海岸には及びませんが、大佐山の翡翠産出量はそこそこ期待できそうです。



「じー……」



 うん? 春姉から変な視線を感じるのですが、なんでしょうかね? といいますか、『じー』って言葉に出す人を初めて見ましたよ。



「春姉、なにかな?」


「おひいさま、金山彦神は金屋子神と同じですから女人を嫌うはずでしたよね?」


「そういえば、そうじゃったの」



 あれ? この展開って昔にもあったような気が……



「おひいさま、ちょっと失礼いたしますよっと」



 パンパンッ



「って春姉は、なんで私の股間を叩いてるのよ!」


「いや、もしかしたら、おひいさまにおちんちんが付いているのかと思いまして」


「付いているわけないでしょ! 何百回と私の裸を見ているくせに!」



 正確にいえば、2千回くらいは見ているはずですけどね。そうじゃなくて、デジャブかと思っていたらフェイントを掛けてきやがりましたか。



「それよりも、この翡翠の原石が明の商人に高く売れるのよ」


「この石がですか? 確かに削り出して磨けば綺麗な緑色の石に成るとは思いますけど」


「日の本では綺麗な石ぐらいの価値しかないけどね」



 だがしかし、この翡翠を大陸に持って行けば、同じ重さの金以上の価値に化けるのですから世の中って分かりませんよね。翡翠と金であれば私なら絶対に金を選びますけどね。宝石に価値を見い出せない部分だけ、男だった前世の名残りなんでしょうかね?

 でも、人の価値観は十人十色といいますし、本当に漢民族様様であります。大陸に足を向けて寝られませんね。


 まあ、その分、日本は硝石を明や南蛮からぼったくり価格であっても喜んで買っているのですから、お互い様なのかもしれません。つまり、需要と供給の問題なのであります。



「ふーん、明の人は変わった石が好きなんですね」


「国が変われば嗜好も変わるのよ。それで、翡翠を売った銭で明から米や硝石を買うのよ」



 まあ最初は銀決済をしようと思っていたのですが、『そういえば中国人って翡翠が好きだったよな? だったら明の商人に翡翠を売れば儲かるんじゃね? うはっ、私ってば冴えてる!』そう思い出しまして、予定変更と相成りました。



「なるほど、翡翠が金や銀の代わりなんですね」


「そういうことね」


「でも、私には理解できませんね。金の方が良いですから」



 うむ。春姉さんや、私も理解できないから安心しておくれ。



「それはそうと、美作。大佐山がある土地の領主は誰だったかしら?」


「多治部雅楽頭殿ですな」


「多治部? いまいち記憶にない名ね」



 うーん…… 一度、富田に挨拶に来たような来てないような……?



「姫様、多治部は三村と争って没落寸前の小領主でありますれば、姫様が覚えておられなくても致し方なしかと存じまする」



 あっ!? あの人か! 没落寸前って言葉で思い出したわ。多胡爺、ナイスフォローです。うむ…… 特徴がない平凡な顔でしたね。雅楽頭なんて大袈裟な官位を自称してくれたので思い出させてもらいましたよ。

 人心掌握の為にも本当は家臣の顔と名前はちゃんと覚えた方が良いのだけれども、如何せん人数が多すぎるからなぁ。私の記憶力では下っ端や陪臣までは覚えきれないのであります。地名を覚えるのは得意なんだけどね。


 それはそうと、多治部雅楽頭。あの人ならば多少強引に押しても大丈夫かな?



「そう、ならば丁度良いわね。これから大佐山は尼子の直轄領にします」


「姫様っ! それでは多治部殿が反発しますぞ!」



 まあ普通は、こういう反応が返ってくるわな。だがしかし! これからは、その常識ではいかんのですよ。尼子を守る為にもね。



「あら、多治部みたいな小領主では鉱山の開発なんて人手も技術も足りなくて出来ないでしょ?」


「それは確かに、姫様が仰せの通りにございまするが……」


「それに美作が心配しなくても、多治部にも分け前はちゃんと与えます」



 まあ、大佐山の上がりの精々5%程度しかあげませんけどね。でも、山奥のド田舎の小領主にとっては、その5%ですら途轍もない大金ですので喜んでくれると思いたいですね。

 なにもせずに懐に銭が転がり込んでくるのですから、私ならば喜んで尻尾を振って従いますね。多治部も大佐山の上りで来年に不足する食料を購入できるのですから文句は言わせません。


 もし、多治部が不満を口にするのであれば改易しちゃうぞ。



「某の心配も杞憂でござりましたか」


「私も鬼ではありません。ですが、今後の尼子領では基本的に鉱山は尼子の直轄になると思っておいて下さい」


「既存の鉱山も、でござりまするか?」


「当たり前よ」


「姫様っ! それでは家臣の反発は必死ですぞ!」



 確かに最初は反発する者も出てはくるだろうね。といいますか、川副本人が鉱山を持っているのでしたか。うーん…… 人間は自分が身を切ることを極端に嫌がる生き物ですから、難しい問題だとは思いますが。うーむ……

 でも、敵であった毛利とも佐摩の銀山では上手くやれているのだから、内輪である尼子家中でやれないはずはないのです。



「私としては、尼子領内にある鉱山の全部を佐摩の銀山と同様の形態に持って行きたいのよ」


「株式化でござりまするか?」


「うん。株式化をすることによって山師と商人の力を抑え込みたいのよ」


「左様でございましたか」



 まあ今回の場合では、私が毛利の立場で家臣が尼子の立場だから、鉱山を持っている家臣が一方的に損するみたいに感じるのが問題ではありますけれども。最終的には十二分に元は取れるといいますか、家臣達も現時点より収入が増える予定なんですがね。



「それと、あなたたち家臣も、いつまでも鎌倉の地頭気分でいられると思っているのなら大間違いよ」


「美作殿。美作殿も今は亡き御屋形様が推し進めておられた改革をご存知であろう?」


「 ……左様でございましたな」



 多胡爺、ナイスフォローです。あー、でも、そう言われてみると多胡爺の言うとおりだわ。私は父上が推し進めていた中央集権化のレールを無意識に引き継いでるだけともいえるのか。

 そう考えると父上って結構、いや、かなり革新的な大名だったのかな? 史実では早死にして評価が低いし、私も父上のことを色眼鏡で見ていたのかも知れませんね。主にノブヤボの所為なのでありますが。


 うむむ、私も人を見る目を養いたいけど、こればっかりは難しそうです……



「時代は動いているのよ」


「おひいさまは辛辣ですね」


「時代に乗り遅れでもしたのならば、私だけじゃなくて尼子家全体が困ることになるのだから、辛辣な物言いにもなるわよ」



 け、けして、翡翠に目が眩んだわけではないのであります。断じてない。ないったらない! 日本では翡翠なんて、ちょっと綺麗な石ぐらいの価値しかありませんしね。


 私は常に尼子と民の繁栄を第一に考えているのです。だから、私の山は私のモノ。お前の山も私のモノっていう考えも仕方ないよね!


 ガルルルル



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