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60話 干し柿

 永禄2年(1559年)11月 出雲 能義郡 広瀬村



 5歳になる男の子の目の前には、お皿にのった干し柿が一つ。



「 ……それじゃあ、お姉ちゃんはこれからちょっと所用で出かけますけど、お姉ちゃんが帰ってきた時にその干し柿を食べてなかったら、もう一つあげるね」


「うん!」


「じゃあ、また後でね」



 月山富田城から飯梨川を挟んで対岸の広瀬村にやってきている玉です。富田の城下町は実質的には、この広瀬村なのであります。川を挟んでいるので多少不便な気はしますが。でも、月山富田城側には平地が少ないので仕方がないんだよぉぉぉ。



「おひいさま、あの童の目の前に干し柿を差し出しといて食べずに我慢できるでしょうか?」


「まあ大抵の子は我慢できずに食べちゃうだろうね」


「でしたら、なんの為にやっているのですか?」


「実験だよ」



 そう、いま私が行っているのは、マシュマロ実験なのです。子供の自制心を鍛えるといいますか、自制心のある子供を選んでいるのです。たかがマシュマロというなかれ。この実験は、かなり価値が高い実験なのであります。

 このマシュマロ実験でマシュマロを食べずに自制できた子供は、将来的に優秀な大人に成長する可能性が極めて高いとのデータが未来において判明しているのです。


 国の基本は人であります。なかんずく役人、官僚ですよね。その官僚機構が優秀であればあるほど国家の基盤は強固に盤石になるのだから。その為のマシュマロもとい干し柿実験なのです。これは、国家の選良を選ぶ第一段階の篩の役割になります。



「実験?」


「そう、私が戻るまで干し柿を食べなかった子は優秀な大人になる確率が高いんだよ」


「おひいさまは、子供の我慢強さを見極めているのですね」


「我慢できる子は自制心が強いってことだからね」



 まあ、前世での私の子供時代は、好きな食べ物を我慢することができない子供だった記憶もありますがね。

 好きなおかずから先に食べてしまい嫌いなモノが最後まで残ってしまって、涙目になりながら鼻をつまんでピーマンを無理矢理に口に入れてた記憶がありますし。

 子供の味覚ではピーマンや人参は辛い食べ物なのであります。まあ、知らない間に美味しく食べれるようになっていたのですがね。


 ただし! セロリ、てめーはダメだ! あれは人間が食べるモノでは断じてない!



「自制できる心ですか……」


「優秀な人材は国の根幹だから、その優秀な人材が多いに越したことはないしね」


「無能な働き者は国を滅ぼすでしたっけ?」


「そのとおりよ。それで、この干し柿の実験を領内の神社の神主と寺の坊主に頼んでやらせるの」



 無能な働き者ほど害悪な存在は他にないみたいなことを、ゼークトかモルトケも言ってたもんね。神社と寺に仕事を依頼することで尼子の領内支配にもプラスに働くし、一石二鳥な作戦ですよね。



「なるほど、おひいさまは農民や町人の子供でも優秀ならば登用する予定なのですね」


「うん。その為に千秒砂時計を作らせたんだから」



 千秒砂時計。分にして16分40秒ですね。本場のマシュマロ実験では15分だったみたいですけど、キリのよい数字で千秒にしてみました。この時代では四半刻、つまり30分よりも小さい単位で時を計る習慣がないのも問題だと思いますね。

 神官や坊主個人個人で千を数えさせたら、へっちゃらで百秒以上の誤差が出そうですので、時計の登場であります。


 わざわざ職人に作らせた千秒砂時計ですが、誤差の範囲は僅かに3秒以内に収まってます。まあ、3秒程度の誤差に収まるように作らせたのですから、当たり前といえば当たり前なのかも知れませんが。

 実際に千秒かどうかは微妙ですが、複数ある砂時計の誤差は3秒以内なのです。でも、この時代の手作業による工作精度では十分に優秀だとは思いませんか?



「決まった時しか計れませんが、便利そうではありますよね」


「これは砂の量を変えたら色々と応用も効くから役に立つわよ」



 そう、例えば麺を茹でる時とかにも使えるしね。一番最初に最適解の茹で時間を口頭で計ってから調整しなければならないのが難点ですが、一度最適解の時間が分かってしまえば砂時計が活用できるのですから。

 その前に、まともな麺類がなかったのでした! トホホ……



「私には他の使い道がさっぱり分かりません」



 麺を茹でる以外の使い道はというと、 使い道は……


 うがー!


 うん、春姉が心配しなくても、私も使い道は思い浮かばないよ。まあ、おいおいと考えていきましょうかね。


 それよりも、



「春姉も柿食べる? 甘くて美味しいよ」



 そういって私は、春姉に柿を手渡した。渋柿じゃないよ? 男の子にも渡した干し柿だよ。



「あ、いただきます。あ、美味しいです!」


「柿食えば~ 鐘が鳴るなり~ 広瀬村~」


「富田のお城に初雪は降りつつ」



 ん? デジャブみたいだけどデジャブじゃないような? このパターンは初めてですかね。


 そうじゃなくて、



「春姉、字余りだよ」


「気にしない気にしない」


「というか、冷えると思ったら本当に降ってきたね」


「もうすぐ冬本番ですね」


「そうだね。今度の冬は今年の初めみたいなゴタゴタは勘弁して欲しいわね」



 私は冬はコタツでヌクヌクと丸まっていたいのです。文明の利器は偉大なのです。前世知識(インチキ)万歳! まあ、雪だるまを作って遊ぶのも、それはそれで楽しいんだけどね。



「あ、砂時計の砂が止まりましたよ」


「じゃあ、戻ろうか」






 ガラッ



「ただたまーって」


「あらあら……」


「えへっ、たべちゃった」



 えへっじゃねえよ! ふー、でもまあ、普通の数え5歳の子供に目の前にある干し柿を食べないで我慢しろっていうのは、無理な注文だったのかも知れませんね。実質まだ4歳だしね。未来でも2/3は我慢できずに食べてしまったという結果だった気がするしね。

 この時代は、まだ甘味が圧倒的に少ない時代ですので、干し柿の甘味の誘惑には勝てませんでしたか。干し柿だって、この子にとっては十二分に御馳走ですしね。私も干し柿は大好きですし、私がこの子であったとしても我慢できる自信はありませんしね。


 こりゃ、1/4いや下手したら1/5でも残ればマシな結果だと思っていたほうが良さそうですね。



「食べちゃったのなら、もう一つの干し柿はあげれないね」


「えー!」


「お姉ちゃんが戻ってくるまで干し柿を食べずにいられたら、もう一つあげるって約束だったでしょ?」


「そうだけど……」


「君は食べちゃったのだから、残念だけど干し柿をもう一つあげる約束はなしだよ」


「ちぇー」



 うん、この子は落第ですね。でも、この一回だけのテストで全てを決めるのも取りこぼしがありそうなので、一次、二次、三次合格というふうに、5歳と6歳と7歳の3年にわたってテストした方が良さそうですね。

 7歳時の三次合格者の中に掘り出し物の逸材がいないとも限りませんしね。

 それで、合格した子供たちに英才教育を施すのです。英才教育の方法も最初は試行錯誤の連続かも知れませんが、年を隔てればノウハウも蓄積されて洗練されると期待しましょう。


 民に教育を施すこと、教育こそが人を人としてたらしめる唯一無二の方法なのですから。まあ、私も現代人のモラルまで求めているわけではありませんが、この時代は人の皮を被った獣が多すぎるのです。

 それが多少なりとも改善できればいいなぁって感じですかね。自我が育った青年以降の人間を矯正するのは骨が折れますので、小さい頃に躾けるのは有効な手段ですよね。


 主に私の手駒として有効なのだともいいますけれども。


 教育とは洗脳です! 時代は洗脳教育をお勧めします!


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