58話 凶作の足音
放置していてすまぬ……
永禄2年(1559年)9月 出雲 月山富田城
「米が不作?」
「はい。今年は空梅雨でしたので米の収穫が例年よりも悪いとの知らせです」
むむむ、そう言われてみれば今年の梅雨は雨が少なかった気がするな。それに夏もあまり暑くなかったですしね。ちらほらと今年の米の収穫を不安視する声も聞いていましたが、やはり現実になってしまいましたか。
「昨年と比べて収穫量はどれくらい落ち込みそうなのか分かる?」
「おひいさまが玉姫式を始める前の出雲の石高程度だと思われます」
「出雲で17万か18万石に戻るということか」
「そうですね」
4万石か5万石程度の収穫減。つまり、2割から最悪の場合は3割近くも減るかもしれない。尼子全体の石高は64万石だけど、今年は50万石以下の可能性が極めて高いということか…… これって、かなりヤバくね?
それでも出雲は不幸中の幸いといいますか、まだ玉姫式を始める前の元の石高に戻るだけだからマシな部類に入るのか。やってて良かった玉姫式。
しかし、問題は出雲以外の尼子領と他国が問題だな。
この時代は小氷期だったと前世で習った記憶がありましたし、戦国時代を長引かせている理由の一つは間違いなく慢性的な食糧危機だと思いますね。食料強奪の為に他国に戦を仕掛けるのが年中行事なのですから。
食料が足りない→他国から奪う→田畑が荒れる→さらに食糧生産が落ち込む→食料が足りない→ ……無限ループって怖くね? 本当に嫌になっちゃいますよ。
これはちょっと本腰を入れて食料増産に取り組む必要がありますね。いや、いままでも私なりに頑張ってはいたんだよ? でも、当主の座に就いたのは今年からだし、いままで以上にってことです。
「米の値段が上がる前に手を打たないと不味いわね」
「と、言いますと?」
「宇竜港に来ている明の商人に大陸から米を持ってこさせるのも一つの手だわ。ついでに硝石もね」
「なるほど、私には明の商人から米を買う発想は思いつきませんでした」
まだ飢えが始まった訳ではないから、春姉が思いつかなくても仕方がないのかも知れませんね。でも、過去の飢饉の時に尼子では明から食料を輸入していなかったのかな? 今度、多胡爺にでも聞いてみますか。
硝石も菱根村で糞尿とワラやヨモギから人工的に作っている硝石だけでは足りないし、これからは年々鉄砲の配備数も増えるのだから益々硝石は足りなくなるしね。忍原の戦での硝石の消費量に驚いて、ぶっ倒れたのは苦い思い出でした……
明の商人に多少足元を見られるのも致しかたなしと妥協しましょう。銀は余ってるしね。
「それと、米の収穫量が他の田よりも多い米は、年貢として納める以外の米も強制的に全部を他の米と交換させるわよ」
「おひいさま、その米を交換するという事に、どういう意味があるのですか?」
「日照りや冷夏であっても例年並みの稲穂を実らせれる米は、つまり日照りや冷夏にも負けない強い米ってことでしょ?」
「ふむふむ」
名前は忘れたけど、遺伝子の法則でそんなのがあったような気がするんだよね。確かメンデルの法則だったっけ?
私の知識では正確なことは解らないけれども、手をこまねいて何もしないなんて事は為政者としては失格なのですから、私は私の出来る努力を惜しむ訳にはいかないのです。
試行錯誤でもいい。新しいモノを作るとか品種改良をする時にはトライアンドエラーは付き物なのですから。なんちゃっての知識でも、知識があるだけで十二分にチートだと感謝しないと罰が当たりそうですしね。私はまだ恵まれているのだと。
「その米を来年の種籾にすれば、来年以降に不作の年があったとしても、少しはマシな結果が見込めれるんじゃないかな」
「なるほど、さすがはおひいさまですね!」
「天穂日命の受け売りだよ」
「さすがは天穂日命さまですね!」
む、むぅ…… わ、私は小さなことにはこだわらないぞ! なんてったって尼子の当主ですから!
「それよりも、問題は来年の春以降よね」
「米が不足しそうなのが春以降ですからね」
「尼子領内では、私がいる限り飢え死になんて出させないわよ」
「その為に明の商人から米を買うのでしたね」
「うん。それも来年の春になってから慌てて買うんじゃなくて、今年中に空いてる米蔵を埋め尽くすまで買い込むよ」
この場合では先物買いの銭失いにもならないしね。来年の米不足は確定している未来なのですから。つまり、リスクヘッジって大切だよねってことです。
あー、この際ついでに義倉を制度化して建てるか。村によっては似たような倉がある村も在るみたいだしね。 聖徳太子の時代には義倉はあったみたいなのに、なんで廃れたんだろうね? 歴史の謎ですね。
あと、初冬に蒔く麦の作付面積を大幅に増やすのも有効かも知れませんね。そうすれば収穫は四月の終わりですから、米が一番少なくなる来年の夏の食糧危機にも対応出来ますしね。
食糧危機は尼子領内だけの問題ではないのですから、これは毛利ジジイにも麦の作付けを増やせって知らせておいた方が良さそうですね。お節介なのかも知れませんが。
「おひいさま、それでは何が問題なのですか?」
「春姉。米の不作は、なにも尼子領内に限らないってことだよ」
「つまり……」
「うん。安芸や備前、但馬とかも凶作になる可能性が高いはずだわ。もしかしたら今年は日の本の大部分が凶作かもしれない」
恐らく永禄の大飢饉って今年の凶作のことなんだろうね。ということは、来年に起こるであろう、また歴史上では起こった桶狭間の戦いでの今川義元の目的って、上洛を目指していたのではなくて、
もしかしたら駿河も凶作で尾張で米の強奪と稲作地帯を制圧する目的もあったのかも知れませんね。自国で米が足りなかったら他国から奪えばもーまんたいヒャッハーな時代ですしね。駿河と遠江の石高ってあまり高くなかった気がしますし。
あとは、単純に鳴海城からの救援要請とかですかね?
「おおお、おひいさま、それって毛利が条約を破って、また出雲に攻めてくるということですか!?」
「いや、さすがに毛利は攻めてこないと思いたいけどね」
たろさも婿兼人質として尼子に居ることですし、攻めてこないよね? でも、毛利の領民が飢えた場合は国人領主たちからの突き上げを抑え切れない可能性もあるのか? 宮の暴走も抑え切れなかったくらいだしなぁ。 ありそうで怖いです……
その場合は、太郎左を切り捨ててでも毛利の統制を取るということか。もしかしたらもしかして、チートジジイの内政能力ってあまり高くないのかな? 急激に支配地域を拡大したツケなのかも知れませんね。私も気を付けねば。
でも、ジジイは謀略に力を入れないで内政と配下の統制に力を入れて下さい。こっちに飛び火させんなよ!
「攻めてこないと思いたい。それでは攻めてくるかも知れないじゃないですかー!」
「攻めてきても返り討ちにする自信はあるけどさ。でも、そうならないように最悪の場合は、5千石か1万石程度の米は融通してあげないと不味いかも知れないね」
その米で毛利の領民が飢えなければ国人領主たちの不満も若干は治まるでしょうし、尼子に対する印象も少しは良くなりそうですしね。うん、これは我ながら名案の気がしてきましたね!
「おひいさま、それって山賊か強盗に財産を差し出しているのと変わらない気がします……」
「う゛、そ、そうとも言うのかも知れない……」
でも、それで民が飢えなくて戦にならなければ安い出費なんだよー!
同日 同時刻 安芸 吉田郡山城 毛利元就
「ぐしゅん!」
むむ、誰ぞ良からぬことでも企んでおるのやも知れんの。大友か浦上か? それとも…… いや、あの小娘に限ってはあり得ぬか。あの姫巫女はワシが裏切らぬのならば、姫巫女からは裏切らぬわ。
「秋の日暮れは寒うございます。父上は既に老体なのですから無理をせずに厚着をなさって下さい」
「ええーい! 隆元よワシを年寄り扱いするでないわい!」
「その言葉が既に老人の言の葉ですよ」
むぅ、既に還暦を過ぎておるのじゃから反論も出来ぬではないか。ふ~…… ワシもいつまで生きられるものかのぉ。じゃがしかし、大友を豊後一国までに押さえ込むまでは死ねぬわい。幸いにも大友の家中は火種に事欠かぬのが救いじゃな。
スランプからのリハビリにつき更新ペースはゆっくりになりそうです。




