27話 観音寺城にて 【地図1】
永禄元年(1558年)8月中旬 近江 観音寺城
「……それでは、そろそろ場も温まってきたところで、姫様が毛利を手玉に取ったという石見の温湯城救援の話を聞かせては下さらぬかの?」
玉です。
六角義賢に沙沙貴神社から拉致されて、そのまま観音寺城で『歓迎、玉姫様と尼子家御一行ようこそ近江へ!』という名の絶賛宴会中なのであります。ただ単に飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが、したかっただけの気がしないでもないですけど。
それで、六角…… もうコイツの呼び名はオッサンでいいか。私は半ば無理矢理に拉致されたんだしね。オッサンに小笠原殿を救援した話を聞かせろと酒臭い息を吹き掛けられながら、お願いという名の尋問をされているのです。
この時代の男たちって、みんな戦の話が好きだよな。小娘の私の話に一体なにを期待しているんですかね? 私がしたことといえば、江の川を船で遡って毛利の陣にドーン! と花火を二、三発誤射しただけなのにね。
そしたら、毛利が勝手に和議を申し出てきただけなのにさ。なにを話せばいいんでしょうかね? 悩みますね…… 私の対人スキルは低いのですから困りますってば!
「私は左京大夫殿にお話しできるような、大それたことなどしてませんよ」
私が、あえて六角様とか左京大夫様とか呼ばないのは、あくまでもオッサンの家臣では無いというのと遠い親戚で同じ守護大名だからです。そうしないと尼子が舐められますからね。まあ、当然ですけど私が大名な訳ではなくて父上が大名な訳ですが。
まあ、私の場合は虎の威を借りる狐みたいなモノなんですけどね!
家の格で言うのならば六角は近江半国だけなのです。それに対して尼子は山陽と山陰で8ヶ国の守護ですから、格では尼子の圧勝ですよね。実質的に支配している領地が半分だとしても8ヶ国の守護は守護なんです!
でも、畿内でのネームバリューで言うのならば六角の圧勝なんですがね…… 残念ながら尼子は畿内での影響力は皆無に近いのですから。
「謙遜されますな。姫が江川を関船で遡って毛利に大筒を撃ち込んだと聞き及んでいますぞ!」
そんなことまでオッサンは詳しく知っているのかよ。そうか、六角は甲賀の忍びを抱えているんだったな。忍びならば、出雲や石見とか安芸の情報も手に入れることも容易いということか。そこまで知っているのならば隠しても無駄ですね。
まあ、べつに隠す必要も無い結果が出ている出来事だから話しても大丈夫かな。
「わかりました。話せと言うのならば口だけでは掴み難いと思いますので、紙と墨をお貸し下さい。図を描いた方が分かりやすいですから」
ちなみに、私は癖のある鉛筆持ちしかできませんので、筆は先が細くて固めのマイ筆を持ち歩いているのです。前世でいうところの筆ペンに近いのかも知れませんね。箸はちゃんと綺麗に持てるのですけどね。
「……という訳です。つまり、私がしたことは立掛山に少数の偽兵を配したのと、断魚渓谷から因原を遮断する素振りを見せさせただけですね」
「うーむ…… それで勝手に毛利が自壊したというのか……」
「はい。私も自壊までするとは思いませんでしたので驚きました」
「下野守、如何思う?」
オッサンに下野守と呼ばれたのは、蒲生定秀という重臣です。私の記憶が確かなら、蒲生氏郷のお爺さんに当たるはずです。氏郷ってもう生まれていたかな? 戦国武将の生まれた年とかは、あまり覚えてないんですよね。
近江は人材の宝庫ですから、拉致して出雲に連れて帰りたい誘惑に駆られるのですが、有名な武将になる人物ってまだ生れてなかったり子供だったりしたはずなんだよね。
それに、その人物を発見して拉致、ごほんっ、勧誘できたとしても、出雲で歴史と同じくその才能が開花する保障はないのですけどね。
考えてもみて下さい。彼らは、織田と豊臣の政権の中枢とかで仕事をしていたのです。そこでライバルたちと切磋琢磨したバックボーンがあったからこそ、初めてその才能を開花させて後世で評価される武将になったんだと思うのです。
まあ、それがなくても元々の素質はあるんだから優秀な人物になることは、ほぼ確実ではあるとは思いますけれども。
つまり、『やあ! そこの君、良い目をしているね! 出雲で一旗上げてみないかい? 君なら出世は間違いなしだよ!』
うん、人材の青田刈りはしたいなぁ。とかの思いもあるのです。子供だったら美味しいモノでも食べさせてあげたら、ホイホイと出雲まで付いて来てくれないかな?
戦場での青田刈りには賛成しかねますが、べつに人材はいいよね? ほら、よく転生モノの歴史小説とかでも人材の引き抜きとか青田刈りはやっているのだから、少しぐらいなら私もやっていいよね?
っと、私の妄想で脱線してしまいましたね。
「左様ですな、偶然も重なったのかも知れませぬが、これは見事と言うしかありませぬな」
「お主ほどの将でも、そう思うのか」
よせやい。そんなに煽てたら照れるじゃないですか。私は煽てられたら直ぐ木に登って天狗になっちゃうのですから!
「如何にも。基本的に兵力の分散は愚の骨頂ですからの。少数で分散して退路を断とうとしても、各個撃破される危険が常に付き纏いますので、普通はここまで大胆に動けぬものですからの」
「普通はそうであろうの」
そこまで考えてお願いして配置に付いてもらった訳じゃなかったんだけれど、各個撃破されていた可能性が高かったのか……
名軍師尼子玉の名前が一転して、迷軍師尼子玉のレッテルを貼られるところだったとは! つまり、今回は運が良かったということですね。
「それに、一番の要因は何と言っても、大筒でしたか? それですな」
「大筒か…… 同じ代物を日野でも作れないか?」
うんうん、火力こそ正義! そこに気がつくとは、さすがは蒲生定秀というところですね。
「尼子が六角の同族とはいえ、さすがに姫様も他家には教えて下さらぬでしょうし、手探りで作るとなれば2~3年の時間は掛かりましょうな」
「姫よ。この左京大夫に教えては下さらぬか?」
このオッサン厚かましいな。まあ、厚顔無恥でないと為政者なんて勤まらないのかも知れませんがね。
「私も大筒の仕組みを詳しく知っている訳ではありませんので、お力になれずに申し訳ありません」
「まあ、確かに、それもそうであったか……」
でも、助け舟くらいは出しておくべきなのかも知れませんね。悪印象よりは好印象の方がマシなはずだしね。
「ですが、父上に書状を出してみるのはいかがですか? あまり期待はできないかも知れませんが、出さないよりは良いかと」
「なるほど。修理大夫殿に頼んでみる価値はあるの。書状を出すだけなら大した手間も掛からんしな」
出雲と近江で直接の利害関係にないから、運が良かったら大筒を売って貰えるかも知れませんしね。でも、恐らくは無理だと思いますが。一応、大筒は尼子の切り札的存在の一つですからね。
でも、蒲生定秀が言う通りなのであって、試行錯誤すれば数年のうちには似たようなモノは完成するのですから、売れる時に売れるだけ売って稼ぐというのも選択肢の一つではあると思いますよね。
うむ、なんだか死の商人っぽい発想をしてしまった気がする。
「うむうむ、今宵は実に有意義であった。皆の者! 宴もたけなわじゃがここで一つ、六角と出雲より遠路はるばるやって来た同族の尼子との誼みを祝して、再度乾杯と行こうではないか!」
「「「「「乾杯ー!」」」」」
オッサンご機嫌ですね。だいぶ酔っているみたいですけどね。娯楽が少ない時代ですから、こうやって飲めるお祭り騒ぎが好きなんでしょうね。
それで、さっきから、やたらチラチラと視線を飛ばしてくる若造が一人いるんですよ。なんなんでしょうかね? 言いたいことがあるなら言えばいいのに。
「あの、私の顔になにか付いてますか?」
「い、いえっ! 滅相もないっ!」
なんじゃ、その日本語は? まあ、私の日本語もかなり怪しい部類に入るとは思いますけど。それよりも、もっと怪しい日本語でしたね。
「はははっ! 四郎そんなことでは姫には気付いてもらえんぞ!」
「ち、父上! 某はそんなつもりでは!」
うん。まあ、分かってはいたけどさ。この若造はオッサンの息子で、後に観音寺騒動を引き起こすはずの、六角義治。その人であろうね。
といいますか、私が気付くってナニを? もしかしなくても、コイツってロリコンなんですかね? まあ、彼はまだ13、4歳みたいだけどさ。それでも、その年頃の男って普通は年上の女性に憧れるはずじゃないの?
主に母性溢れる胸の膨らみの部分に憧れを抱くはずでは?
私は、まだ数えでいっても11歳だよ? 正確にいえばギリギリ一桁なんですよ! 当然の如く洗濯板ですよ。コイツのストライクゾーン低すぎじゃないですかね?
お巡りさん、この人です!
「姫よ。この不肖の息子の為にも、六角に嫁に来ては下さらぬか?」
「ぶほっ!!」
まさか、出雲から脱出した先でこんな目に遭うとは……
に、逃げなきゃ! さっさと観音寺城から脱出しないと!
私は、尼子の姫であって、六角の姫ではないのだから!




