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28話 人材スカウトの小技 【玉姫漫遊記地図1】

 永禄元年(1558年)8月中旬 近江 犬上郡 甲良荘 尼子村 松宮大明神



「……うみのこのやそつづきにたちさかえたまえと~ かしこみかしこみも~ おろがみまつらくともうす」



 無事に観音寺城から逃げおおせた玉です。


 まだ嫁に行くのは早すぎるとか、杵築大社の巫女だから出雲に戻らなくてはならないとか言って、六角義賢の懇願をなんとか躱しました。だって、オッサンの息子ってマジモンのキチ入ってるはずですし。

 六角の重臣中の重臣であった、後藤賢豊を息子もろとも惨殺しちゃったのですから。この観音寺騒動で、六角はガタガタになって弱体化するのです。


 まあ、大名の代替わりの時には粛清は付き物なんですけどね。一滴の血も流さずに、代替わりできた大名っているんですかね? 相模の後北条家は、親兄弟と親戚や家臣も含めて一同の軋轢は少なくて、仲が良かったみたいな記憶もありますが。

 それでも、多少は家臣達の間で世代間や派閥での暗闘はあったはずですよね。人は争いを好む生き物なのですから。



「おひいさま、隣の藤堂村の長がおひいさまに挨拶したいと顔を出しましたけど、如何なさいますか?」


「ん、通してあげて」



 はて? 藤堂村……? そういえば、藤堂高虎がこの辺りの生まれだったような気がしますね。もしかして高虎の縁者かも知れないですね。これはヘッドハンティングのチャンスですね!


 歴史上での藤堂高虎の評価は、主君を七度も八度も変えた節操無しみたいな人物として、悪いイメージを持っている人も多いみたいですが、私の藤堂高虎への評価は高いのです。

 べつに彼は戦場で主君を裏切ったりはしていないのですから。この時代では、自分の価値を高く評価してくれる主君に鞍替えするのは当たり前の時代なのです。


 忠臣は二君に仕えずなんていうのは、戦国の世が終わって徳川の時代になってから、主に儒教的な発想での風潮なのですから。安定した統治には儒教的な要素も必要だとは思いますけれども、儒教って目上の者に対して絶対服従を強いている気がしますね。

 実に支配する側にとって都合が良い教えなのです。でも、閉塞感が半端ない教えでもあると思うのですよ、私的には。ですから、閉塞感は停滞を生み物事の進歩を遅らせ、技術革新や発展の阻害にもなると思うのです。


 その良い例が幕末まで鎖国していた徳川幕府や、アヘン戦争に負けてボロボロになった清とロシアの南下に怯えた李氏朝鮮ですよね。つまり、儒教的な教えというのは国を滅ぼす可能性が極めて高いのです。朱子学などもってのほかであります。

 まあ、閉塞感が外から圧力が掛かった時の起爆剤になってもいるんですがね。それに、私の考え自体は後世を知っているからこその後知恵の類いですしね。後出しジャンケンでは、なんでも言えるということです。

 当時の人たちは、それが安定した統治に欠かせないと思って行動した結果、儒教の教えは広まったと思いますから、歴史学者のように私が批判するのはお門違いなのかも知れませんね。


 でも、親は敬う。小さな子供と老人は大切にする。困っている人がいれば極力助けるとか、それぐらいの教えでちょうど良いと思いませんか? なにごとも、ほどほどが良い気がしますね。






「初めまして杵築大社の巫女様、某は藤堂村の長をしております藤堂虎高と申します。出雲から遠路はるばる近江までおいで下さって、某は感激しておりまする」



 うおー! 出雲大社のネームバリューって凄いですね!



「ご丁寧な挨拶痛み入ります。杵築大社の巫女にて、出雲守護職尼子修理大夫晴久が娘、玉と申します。この度は先祖拝礼の為に、松宮大明神に立ち寄らせて頂きました」



 あれ? 藤堂高虎って、もう既にこんなオッサンな歳だったっけ? まだ赤ちゃんか小さな子供の気がしたけど。でも、虎高と言ったような…… ということは、このオッサンは高虎のお父さんなのかな?



「出雲守護職!? ごほんっ、……失礼仕った。それは重畳なことでございます。まだ、お若いのに殊勝な心掛けにございまするな」



 松宮大明神に杵築大社の巫女が来ているのは知っていても、私が尼子の縁者とまでは知らなかったみたいでしたね。近江や畿内でも尼子のネームバリューはそこそこ高いのかな?



「父の代理にございますれば。ところで、つかぬことをお聞きしますが、藤堂殿は甲斐の武田に仕えていたことはございませんか?」


「確かに、某は若い時分に甲斐に流れて武田家の禄を食んでいた時期もありましたが、しかし、それをなぜ?」



 うん、藤堂高虎の父親で確定ですね。



「失礼ながら諱を呼ばせて頂きますが、虎高殿の虎はもしかして武田信虎殿から偏諱を頂いたのでは? そう推察いたしましたものですので」


「某は諱を避諱するほどの身分ではござらぬので気になさらずに。しかし、なるほど。確かに虎の字を上に持ってくるのは珍しいですから、そこから武田に繋がりましたか。いやはや、姫巫女様に感服いたしました」



 嘘です。インチキ万歳なのであります。あまり使えないと思っていた歴史知識も、こういう小技は使い勝手は良い感じがしますね。そういえば、小早川隆景も自分の幼名と毛利元就の愛称を呼んだら驚いてたもんね。

 万が一に推察と考察で言い訳ができなくても、必殺技を発動すれば、『巫女はなんでも見通せるのです』とかなんとか言って誤魔化して煙に巻けば大丈夫そうですし。


 うむ。これは使えそうな技ですね。これからも、ちょこちょこ使わせてもらいましょうかね。



「それで、いま仕えている家は六角ですか?」


「六角ともいいますが、浅井とも京極ともいいまするな。なにせこの辺りは、いま申した家の勢力争いの境目に位置しておりますれば」



 なるほど、兼帯みたいなものか。そうしないと、大名同士の領土争いの境に土地を持っている国人領主は生き残れないという訳ですね。

 信長と足利義昭の二君に同時に仕えていた明智光秀や細川藤孝は少し事情が違うので例外としても、この時代の国人領主では然程珍しくはないことみたいなのです。


 例えば、甲斐武田家に仕えている小山田信茂は領地が相模に隣接していたので、北条家にも籍を置いていたのです。国人領主の生き残りの為の知恵であると同時に、大名にとっても緩衝地帯の意味もあって都合が良かったのですね。

 その割には、領土紛争が絶えない戦国時代ではありますけれども。一応は戦を回避する手段としての意味もあったのだと思います。多分……


 尼子で言うのならば、山吹城代だった刺賀長信が同じようなモノでしたね。尼子にも大内にも籍を置いてましたから。まあ、最後は毛利の口車に乗って謀反を起こして、尼子に滅ぼされましたけどね。

 あと、いま藤堂虎高の話の中で出てきた浅井も六角に臣従しているけど、越前の朝倉にも臣従しているのです。弱い勢力の宿命なのかも知れませんね。



「それは大変ですね。もし、己の身の不遇をかこつことがあれば、杵築大社を訪ねて来て下さい。けして無碍にはいたしませんので」


「御好意はありがたいのですが、何故に初対面の某にそこまで言って下さいまするか?」



 その疑問は最もだよね。多少は疑り深い人間の方が馬鹿正直な人間よりも却って信用できるしね。さすがは、武田信虎に気に入られて偏諱を貰うだけのことはありますか。

 その分、元からの家臣たちに僻まれて甲斐に居ずらくなって、近江に戻ってくる破目になったみたいですが。



「お告げです。弘治の年の松の内に先祖の地に虎の子が生まれたと。その虎の子は成人すれば身の丈6尺を超える大男になるであろうが、ただ単に怪力の猪武者にあらず。智は万の兵をも動かす器になるであろう。

そして、その者は必ずや尼子に吉兆を与えるであろう」


「弘治の松の内に虎の子。それに大柄な男、吉兆を与える……」


「そのお告げもあって松宮大明神に参りましたの。まだ、その虎の子は幼子だとは思いますが。もちろん、お告げが関係なくても藤堂殿が困ったのならば、いつでも出雲にいらして下さい」



 これはリップサービスでもなんでもない、純粋な気持ちです。甲斐ではよそ者なのに偏諱まで貰える人間が、優秀でない訳はないのですから。もちろん、高虎もセットで来てよね。



「姫巫女様は、その虎の子が某の二番目の倅だと言うのですか?」


「いえ、誰かまでは教えてくれませんでしたが。でも、そう言われてみれば、藤堂殿は虎高ですので御子息は虎の子でしたね。私は龍や虎の意味での虎だとばかり思っていました」



 まあ、嘘なんですけどね。でも、許される嘘の範囲じゃないでしょうか?



「はい。弘治2年の松の内の生まれにて、名は与吉と申します。それに同じ時期に生まれた幼子よりも既に頭一つ大きいのです」


「与吉…… 尼子に吉兆を与えるから与吉、か。 ……その子よ! 藤堂殿、間違いないわ! 虎の子は貴方の子よ!」



 偶然にしては出来過ぎの気もしますが、さすがに藤堂高虎の幼名までは覚えていなかったしね。やはり、これは偶然ですね。いや、なんたる偶然! これぞまさしく吉兆というに相応しい出来事ではないですか!


 神様ありがとうございます。これからは、なるべく欠かさずにお祈りしますね!



「ですが、倅はまだ三つの寝小便垂れです。さすがにまだ出雲に行かせる訳には……」


「もちろん、今すぐじゃなくても構わないわよ。けれども、近江でも百の兵を率いる程度の将には成れるかも知れませんが、虎の子の蕾は出雲でしか完全には花開かないみたいなの。そのことを心に留めて置いて下さい」


「分かり申した」



 ごめんなさい。これは完全に嘘を吐いてしまいましたね。でも、高虎が欲しいんだよぉぉぉ!






「おひいさま、お告げに出てきた神様は誰だったのですか?」


「今回は神様じゃなくて、霊みたいなのだったよ」



 ただ単に神様の名前が思い浮かばなかったから、ご先祖様の霊ってことに変更したのですけどね。






「霊ですか……? おひいさま! 直ぐにお祓いをしましょう! 脳膜三万打ー!」


「ちょっ!? 春姉痛いってば! 頭叩かないでよ!」



 霊といっても悪い霊ばかりじゃなくて、守護霊とか先祖の霊とかあるでしょ!


 サンマンダなんて言って三万回も叩くなよ……



高虎ゲットだぜ! (予定)



挿絵(By みてみん)

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