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26話 鯖


 永禄元年(1558年)8月 若狭 小浜



「ひゃっほい! とうちゃーく!」


「出雲から若狭までたったの5日とは、やっぱり船は早いですね」


「そうだね。それに風にも助けられたしね」



 無事に出雲から脱出してきた玉です。


 まあ、脱出は嘘なんですけどね。杵築大社の勧進の為に諸国を巡るのであります。いやー、父上も杵築大社の名前を出されたらダメとは言えなかったみたいですね。

 それだけではなくて、ちゃんと世の中を見て回り見聞を広めて世間というモノが何たるかを、未熟者の私が知る為でもあります。あと、尼子のご先祖様へのお参りとかです。


 この、ご先祖様へのお参りも父上的にはポイントが高かったみたいですね。自分が行けないから、代わりに娘の私が沙沙貴神社と松宮大明神にお参りするという訳です。

 謹慎を解く代わりに、ご先祖様に参拝してこいということですね。私を許すのに都合が良い口実にもなったみたいでしたね。


 10数人程度での旅の予定が、知らない間に歩き巫女や護衛の鉢屋衆合わせて30数人の大所帯での、諸国漫遊の旅になってしまいました。なんだかんだ言って、父上は私に対して過保護な所もあるんですよね。

 島根郡の美保関に全員が集合して、そこから隠岐水軍の船で日本海を東へ。初日は東伯耆の橋津まで、2日目は但馬の浜坂、3日目は丹後の網野、4日目は同じく丹後の伊根、それで5日目は一気に若狭湾を横断して小浜に着いたわけです。


 距離にして60数里、約260kmの船の旅でした。いやー、長かった! でも、徒歩で小浜まで行くとなれば、山ばかりの山陰道ですから歩く距離を1日に5里とかで計算しますと2週間近く掛かるんですよね。

 陸は海みたいに直線でもありませんしね。でも、船の場合は丹後半島を迂回する必要がありましたけどね。それでも、この時代では恐らく船は一番便利な乗り物ですよね。


 それで、沙沙貴神社とは、字を変えたら佐々木。つまり、佐々木源氏とも近江源氏ともいわれる、宇多源氏の源扶義の流れを汲む佐々木氏の氏神様なのです。

 松宮大明神は、近江国、犬上郡、甲良荘尼子にある神社です。尼子の名前の通り元々の尼子の本貫地にある神社ですね。つまり、出雲の尼子家は元々は近江の出身だったのです。


 今回の旅は、この二つの神社へのお参り以外にも、多賀大社、伊勢神宮、熱田神宮を巡る予定の旅なのです。


 当然ですけど、いつかは旅は終わる訳でして、最後は出雲に戻ることになるのですが、私の心は揺れています。まだ、嫁に行くにしても尼子が滅ぶにしても時間的な猶予は4、5年は残されていますからね。

 毛利が出雲に攻め寄せてくるまでは、4、5年の猶予はないかも知れませんが。でも、毛利って父上が存命中は石見銀山すら奪えなかった、ていたらくぶりではあるんですよね。


 結局の所、尼子の浮沈は父上の寿命いかんに掛かっている。そこに行き着くということか。



「それで、最初は何処にお参りするのですか?」


「近江の今津で一泊してから、琵琶湖の対岸の安土に渡る予定にしているわ。その安土に沙沙貴神社はあるからね」


「琵琶湖ですか? おひいさま、それは淡海のことですよね?」



 そっか、まだこの時代では琵琶湖という名称はなかったんだ。淡海とか近江の海とか言ったんだっけ。でも、いつ頃から琵琶湖になったんだろう? 江戸時代かな?



「そそ、淡海のこと。淡海は琵琶みたいな形をしているらしいよ」


「いつも思いますけど、おひいさまの頭の中には、まるで地図が入ってるみたいですよね」



 まあ、前世知識のおかげですけどね。地理地図オタクの本領発揮なのであります!



「ふはははは、もっと褒めていいのよ!」



 私は褒められたら伸びる子なのですから!



「さすがは、おひいさまですね! ……こうですか?」


「それって、なんか褒められてる気がしないのだけれど……」


「気のせいですよ! 気のせい! それよりも、今日の宿は何処でしょうね」



 ぐぬぬぬ、なんか納得がいかない。最近、春姉の私に対する扱いが軽くなってる気がするのは気のせいですかね?



「春姉、宿といえば?」


「宿といえば?」


「御飯でしょ! 若狭といえば、鯖です!」


「おひいさま、鯖は出雲でも採れますよ?」


「それでも、鯖といえば若狭なんです!」


「は、はぁ……」


「鯖は足が早いから、新鮮な鯖は網元でしか食べられないんだよ」


「おひいさまは、生で鯖を食べるつもりですか? 危ないですよ!」


「新鮮なら大丈夫だよ!」


「本当ですかね……?」



 なんですかね? そのジト目は? 春姉は疑ってますね。こうなったら、私が率先して実食をして安全だって見せてあげなきゃね!


 言って聞かせて食べてみせないと、みんな怖がって食べないもんね。






 二刻過ぎ



「おえっぷ! おろろろろーっ!」


「おひいさま大丈夫ですか!」


「だ、大丈夫じゃない……です……おえっぷ!」


「だから生では危ないって言ったじゃないですか!」



 こ、こんなはずでは……


 どうしてこうなった?


 みんな食べてたはずなのに、まさか、私だけあたるとは! アニキサスだかアニサキスだか知らないけど、その寄生虫でも一緒に食べてしまったのか!? でも、腹は痛くないから大丈夫だと信じたい!


 お願い神様、助けてー!



「おろろろろーっ!」



 今回の反省点はといいますと、鯖の生食は危険ですので止めましょう。最低でも酢で〆たのを食べるべきでしたね。

 五十六さんの名言も、時と場合によって使い分けましょう。地雷原は下の者に歩かせるのが上の者の務めである。うん、一つ賢くなりましたね。これが、身をもって経験するということですよね。


 もう、絶対に生の鯖なんか食べません!


 といいますか、なんで、私だけなの……






 永禄元年(1558年)8月中旬 近江 蒲生郡 安土常楽寺村 沙沙貴神社



「これのみたまやにしづめまつる~ とおつみおやのみたま~ よよのみおやたち~ うからやからのみたまのみまえを~

~いのちながくみまつりうるわしく~ つかえたてまつらしめたまえと~ のみもうすことのよしを~ たいらけくやすらけくきこしめせと~ かしこみかしこみもまおす」



 お元気ですか?


 臨時で沙沙貴神社の巫女をしている玉です。


 祝詞とかお経って覚えるの面倒くさいですよね? でも、これがやってみると意外と覚えていく過程も結構面白いんですよ? まあ、暗記なんですけどね!

 水兵リーベ僕の船や、人よ一夜に人見ごろとかが好きだった人には、案外と覚えやすいかも知れませんね。まあ、私はそれを学ぶ時期には登校拒否してましたけどね!


 幸いにも食中毒は一過性のモノだったみたいで、アニサキスではありませんでした。多分だけど。2日ばかり休んだら調子は、ほぼ元通りに戻りました。でも、私の体力回復も兼ねて大事を取って更に3日休んでから、小浜を出発しました。


 それで、尼子の氏神様でもある沙沙貴神社で、先祖御霊屋祭辞の祝詞を上げさせて頂いたのです。が、なぜだか、私の斜め後ろに知らないオッサンがいるんですよ。これがまた。この時代にストーカー規制法ってないんですかね? ……ないんだろうね。



「いやいや、お若いのに立派なモノですな。さすがは、大内を滅ぼした毛利を手玉に取った尼子の姫巫女というだけの事はありますな」


「おほほ、左京大夫殿も、お世辞がお上手ですわね。お恥ずかしい限りでございます」



 そのストーカーの名前は、近江守護、六角左京大夫義賢というんだな、これがまた。


 そりゃ、沙沙貴神社が観音寺城の目と鼻の先にあるからって、わざわざ尼子家の先祖拝礼に参加する必要はないでしょうに! そりゃ、確かに親戚ではあるけどさぁ。でも、もの凄く遠い親戚じゃないですかー!

 もう既にアンタの10代は前の、300年以上は昔に枝分かれしていますやん! 母方とはいえ、尼子と毛利の方が数倍も近いですやん!


 そりゃ、確かに同じ佐々木源氏ではあるけどさぁ。


 といいますか、毛利を手玉に取った尼子の姫巫女ってキャッチフレーズは、なんですかね? 私は毛利を手玉に取った記憶はないですよ? 父上を説得できなくて不可侵条約の締結に失敗して、見聞を広める修行の旅に出ている身分なんですから。

 それは、私ではなくて人違いじゃないですかね? まあ、尼子の姫巫女なんて私以外には、いないはずなんですけどね。ということは、大いに盛大に勘違いされてるってことですよね?


 そのチートジジイを手玉に取ったという姫巫女は、一体全体どこの誰ですかね? もしかして、玉姫最強伝説みたいなのが勝手に独り歩きでもしているんですかね……?


 誰だ! そんな法螺話の風説を流布しているのは!






 アニサキスにあたってないのに、胃が痛くなってきたよ……


 誰かロキソニンとムコスタ下さい。ムコスタは多めで!



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