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彼女は彼の全てとなる役者になった

 王樹の都フォレストレフは都とは言うものの、実際の所木のうろにそれぞれの森人が好きなように居を構え、中央にある王樹と呼ばれる巨大な樹。

王なる樹と呼ばれるに相応しい幹の直径が三キロメートルはある巨大な木に、森人を取りまとめる長の一族と、その補佐をする森人達が住み着くのが実態だ。

大人になれば力は簡単に鉄の鎧を砕き、鋼の刃も受け付けぬ肌を持ち合わせるようになる種族、森人。

彼らは自らを飾るという事をせず、森の国の中では衣服を身に付けるのは子供だけだ。

大人の森人で着飾っているものがいるならば、それは外交を司る森人か、そうとうな変わり者と思って良い。


 何故このような事を語るかといえば、王樹の都にはいってからこちら、スペイシーの雇った傭兵達は皆、目のやり場に困って視線を宙に飛ばしたり。

相手がさして気に留めないのを良い事に延々と美しいといわれる森人の裸体を目に焼き付けようと凝視していたからである。

エクはそんな大人の男達を不思議そうに見ようとしたが、スペイシーのさっと視線を遮られ、置いていきしょう、と涼やかに言われて頷くことしかできなかった。


 そして、今スペイシーとエクは着飾った森人の男女の御前に引き出されている。

引き出されていると言っても、跪いているのはスペイシー一人。

数人居るばかりの一応の護衛兵が美しい彫像のように裸体で佇んでいて、エクは両親に会えた喜びをあらわにして綿製の王族としては質素な服を生成りの生地のまま裁縫したものを見つけた女性。

簡素なローブを纏った神に愛されているとしか思えない美のバランスを保った王妃に抱きついている。


「おかあさん!おかあさん!あのね、ぼくこわかったけどね、スペイシーが助けてくれてね!」

「ああ、エク……貴方をどれほど心配したことか。話は別室で聞きましょう。かか様にスペイシーさんという方のお話を沢山聞かせて頂戴」

「うん!あ、でもおとうさんは……」

「とと様はスペイシーさんとお話があるの。可愛いエクを送ってくださった方ですもの、お礼のお話などもしないといけないわ」

「そっかぁ……じゃあおとうさん、スペイシー。また後でね!ぼくおかあさんとお話してくる!」

「ふふ、では参りましょう可愛いエク」


 王妃がエクを伴って、まるで森人が住まう為に木が自ら生み出したかのような自然のうろの通路に消えてゆくと、王が口を開いた。


「人間よ。我らの子、エクを助けてくれて礼を言う」

「はっ、過ぎたお言葉にございます」

「褒美は我が子を攫った人間達の死を持って事を収めて欲しい、といった所か」

「……お気づきですか」

「人間の考えそうな事であるし、生半な戦士ではないそなたがエクを送り届けたならばそうも思うだろう」

「ご賢察、お見事にございます」

「世辞ではないようだな。受け取ろう」


 短いやりとりの後、微かに沈黙が流れる。

そして、スペイシーは王に向かって問うた。


「私は貴方の子を攫った同国人のけじめをつけるためにやってまいりました。如何様な罰でも受ける所存でございます。沙汰は……無いのでございましょうか?」

「けじめ、罰か。ふむ。そなたはわが子を助け、送り届けてくれた。罰せよと言われても余にはその様な罪を知らぬ」

「ですが陛下。見せしめは必要でございます」

「それは人間の理屈だな。余ら森人は知らぬ」

「私は見せしめの為の死罪を覚悟してこの国に参りました。それでも罰を与えないと仰りますか?」

「くどい。そなたは死にたがりか」

「……そうかも知れません。最期にエク王子殿下の乳母の真似事もさせていただきました。すでに未練はありません」

「ふむ」


 彼女の問いに王は考え込んだ。

森人の思考は人間のそれとは大きく異なる。

先にも述べたとおり、歳経た森人はあまりに長い生を生きるためか、感情に鈍くなる。

先ほどの王妃の数ヶ月ぶりの息子との対面でも取りみださずあくまで穏やかだったのは、この点が大きく関わるのだろう。

目の前に居れば肉親の情を示す程度はするが、急に姿が消えたとしても、明確に殺されたとでも言わない限り大きく感情を揺さぶられることも無い。

一部そうでもない者も居るが、そういった者は皆、情が薄いとしか見えない故郷に愛想を尽かして国を出る。


 その様な種族の王はスペイシーが恐れている、国を挙げての報復行動など望むべくも無いのだ。

この点を人間は理解できない。

故に彼女のような人間をいけにえとして送り出すのだ。

当然、スペイシー本人もその森人の感じ方を理解しているとはいえない。

なぜなら彼女が数ヶ月を共にしたエクはまだまだ幼い、人間の子供と近い存在。

人間と隔絶した森人を理解する助けにはならないからだ。


「ふむ。どうしても罰をくだせというか」

「それが両国のためになりますれば」

「では、人間の女というのは森人に己が老いてゆくところを見られるのを酷く恐れるようだな。外の森人の話を聞くと、そういうものらしい」

「それがどのような罰に……」

「エクの傍に侍り続けるのだ。醜く、老いにより衰えてゆく姿をあの子の前で晒し続けるのだ」


 その言葉に、スペイシーの顔がさっと翳った。

何故なら彼女は理由をつけてエクの前から姿を消すつもりだったからだ。

道中でずっと一緒に居るとは言ったが、自分がうそつきな大人になることで真の哀しみからは遠ざけようとした。

即ち。


「森人に近い形の生物が死にゆく様をエクに見せ、いかに人間が儚い生き物か教えるがいい。スペイシー・ベック」

「そ、それは……それだけは……御勘弁を……エクの前で「寿命」で死ぬ事だけはどうか……」

「許さぬ。余はもう決めた。お前の命はエクの物だ。誰か、この物をエクの許へ」

「お許しを……お許しを……」

「我らにとって実感しにくい生の儚さ。存分にエクに教えてもらうぞ。あの子が良き王になるために」


 力なくくず折れたスペイシーを控えていた森人の男たちが引き立てて行く。

恐らくは王妃にスペイシーの事を語るエクの前へつれて行くのだろう。

この裁定は恐らくスペイシーがもっとも恐れるもの。

エクを庇って戦いの中で死ぬのはいい、勤めだからだ。

エクの見えないところで処刑に処されるのも良い、使命の一部だから。

だが生きろといわれるのは恐ろしい。

そこには未知があり、終わらせるつもりのものが続いてしまう見果てぬ道がある。

今、エクに己の暗い部分を見せずに生き続けるという事がもっとも恐ろしいのだ。

だが、彼女はエクの前に立つ時にはかくしゃくと立ち、再び微笑んだ。

新たな覚悟を決めて。


 こうして森人の王は死を恐れぬつもりだったスペイシーに生と死の恐怖を教え込み。

後に慈悲深き深林の王と呼ばれるエクを生み出す切欠になった。

その森人らしからぬ深い悲しみに基づき、小さく争い生き急ぐ儚い生き物達の手綱を取るべく、慈愛を持って世界を制するきっかけとなり、世に一時の戦乱を呼んだ後、万年の平穏を齎した。


 それはスペイシー・ベックという女が死んでから数千年後の話である。

他の種族どころか、自らの子に対する情さえ薄くなる森人の王子を大きく変えた女として、彼女は名までは記されぬまでも。

嘆かせた女として歴史に足跡を残した。


 ただ晩年のエクは、彼の人は陽だまりだった、樹が生きるのに必要な澄んだ水と肥えた土であり、つまりは全てであったと語っている。

スペイシーは生涯、エクの前では「良きヒト」を演じきったのだ。


 これがこの話の全てである。

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